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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第705回:真夏に美味しい、ほうれん草の…… - 美祢線 厚狭~於福 -

更新日2020/02/27



宇部から海沿いを遠回りして新山口駅に着いて、また山陽本線の下り電車に乗った。こんどは宇部より先、小野田よりも先の厚狭へ行く。09時41分発の電車に乗って、厚狭着は10時13分。約30分の車中は気を抜いて休憩だ。ぼんやりと景色を眺める。田園地帯から谷に入る。日差しが強まって森の緑色が鮮やかになる。何度も通って、何度も良い景色だ。この電車の車掌は女性で、車内放送の声がハスキー気味でカッコいい。ジャズを歌ったら人気が出そうだ。

三度目の宇部を過ぎ、二度目の小野田も過ぎて厚狭に着く。ここから美祢線で中国山地へ向かう。跨線橋を渡った先、1番のりばに1両のディーゼルカーが停まっている。これが美祢線の長門市行きだ。乗降口から車内を覗けば、すでに満席であった。発車まで約20分あるから、いったん改札を出て厚狭駅の写真を撮って戻った。

01
美祢線のキハ120形。全長約16メートル。都市内路線バスの約2倍の長さ

頬を叩いて眠気を飛ばす。未乗区間だからちゃんと景色を観たい。しかし左右の窓の日よけはすべて降りている。今日は快晴で、直射日光が肌を焼くから仕方ない。景色が見えないから運転台の後ろに立つ。鉄道好きには展望立席だけど、ワンマン運転の場合は運転士さんが運賃を回収するから、ここに立っていると私は迷惑な存在かもしれない。実際、駅に停まるたびに、私は車両の中央に寄って場所を空けている。なんだか釣り銭泥棒のようでもある。

02
前面展望を楽しむ

美祢線は瀬戸内海沿岸の厚狭駅と日本海沿岸の長門市駅を結ぶ。全区間が山口県内にある。瀬戸内の山陽本線、日本海の山陰本線、そして美祢線で三角形をつくって本州を締めくくるような路線図である。中国山地を南北に縦断し、沿線には景勝地秋吉台、観光名所の秋芳洞がある。現在は山間の集落の生活路線であり、秋吉台への観光客を運んでいるけれども、本来は大嶺炭田から石炭を運び出すために建設された。

03
駅は小さいけれど、すれ違い用線路は長い

歴史をたどれば、1905年に厚狭駅~大嶺駅間が山陽鉄道によって開業した。路線名は大嶺線だ。さらに美祢盆地内の交通機関として、途中の南大嶺駅から重安駅まで美祢軽便鉄道が作られた。この2路線が国有化された美禰線となった後、重安駅~正明寺駅(長門市駅)間が鉄道省によって建設されている。国は正明寺駅を拠点として日本海沿岸へ延伸した。東は宇田郷駅、西は阿川駅まで。東西方向は78.2キロもある。北の仙崎港へも足を伸ばした。そしてこれらの区間は山陰本線に編入され、厚狭~長門市間は美祢線になった。

04
車窓から厚狭川が右へ、左へ

当時の国にって美禰線は重要な路線だったとわかる。まずは陰陽連絡線だ。海岸沿いのルートは防衛上の不安が大きいから、山陽本線、山陰本線より内陸ルートが軍部により推奨されただろう。次に山陰本線の建設、沿線の開発だ。瀬戸内の重工業から建設資材を輸送した。途中に大嶺炭田があり、石炭を調達するにも都合が良かった。美祢線の石炭輸送は1971年の大嶺炭田閉山まで続き、戦後に始まった伊佐石灰石鉱山からの石灰石輸送は1998年まで続いた。

05
厚保駅ですれ違い。駅名は「あつ」だ

単線非電化の美祢線は、すれ違い線路の長さがかつての重責の面影を残す。現在の美祢線では小さな気動車キハ120が軽快に走る。前方を注視していると、線路のほとんどが厚狭川に沿う谷の景色。レールを眺めれば、大小の鉄橋の多さ。水面のきらめき。ずっと上り坂で、ぐんぐん標高が上がっていく。車内は満席、なかなか空かない。観光客という雰囲気だ。全員が秋芳洞へ向かうつもりかもしれない。

06
中国山地の谷を行く

美祢駅が近づいている。秋芳洞行きのバスの乗り継ぎはどうだっけ、と、時刻表を確認したら、美祢駅から乗り換えるバスは40分後。それは時間がもったいない。さらに、秋芳洞から美祢駅に戻る時間帯にもちょうど良さそうな便がない。慌ててスマホでバス情報を調べると、秋芳洞は美祢駅の2つ先の於福駅からもバスの便がある。ならば帰りは於福で乗り換えれば……いや待て、そうすると美祢~於福間は未乗になる。ならば初めから於福まで行けばいい。

予定の美祢駅で降りず、車内に留まる。美祢駅は美祢盆地の中心で市役所もあるけれども、降車は四人、乗車は一人。厚狭から乗った人々は、かなり遠くまで行くようだ。まさか全員が於福で降りてバス乗り換えかと思ったけれど、於福で降りた客は私とお婆さん二人だけ。お婆さんは駅舎へ行き、私だけが線路を渡り上り線へ。無人駅だからどこからでも外に出られる。道の駅はこちら側だ。徒歩2分ほどでバス停がみつかる。日陰におじいさんが佇んでいる。
「秋芳洞行きのバス停はここですか」
「ん~、このバスはどこ行きだったかな」
「おっちゃんもこのバスに乗るんでしょ」
「ああ、でもちょっと先までだから」

07
於福駅で下車

発車時刻は11時50分。美祢駅発のバスより少し早い。その待ち時間に美祢駅~於福駅間に乗車できたから、時間を上手に使ったと言えるだろう。それでも30分ほど時間が余る。道の駅に立ち寄る。温泉施設がメインで、駅としての機能は控えめだ。昼飯時だけど、レストランで落ち着く時間はなさそうだし、長門本山で食べたパンのおかげで空腹ではない。売店をぶらつくとジェラート屋さんがあった。いちご、メロン、くり、ほうれん草……、えっ、ほうれん草? たしかに濃い緑色だ。これは食べてみよう。あ、なるほど。草餅っぽい香りがある。話のタネとしてハズレではなかった。

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於福駅の跨線橋から

09
道の駅おふく

10
ほうれん草のジェラート。ミドリ色が鮮やか

-…つづく

 

※美祢駅~秋芳洞のバスは2018年から『あんもないと号』として運行開始。美祢駅の接続が改善された。

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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