第五十八回
風姿花伝 その七
別紙口伝 その七
能を演ずる際に気をつけなければならないことはたくさんある。たとえば、怒っているようすを演じる時には、柔らかな心ということを忘れてはならない。これは、どんなに怒りをあらわにしたとしても、それが荒っぽく見えないようにするためである。激怒したりする場合に柔らかな心を持って行うというのは、どういう理由によるものだろうと思うかも知れないが、つまりはそうしてはじめて、それをみた人の目に珍しく、つまりは新鮮に映るからにほかならない。
また幽玄、すなわち遠く遥かな何かにつながる演目を演じる際には、強い心を持つということを忘れてはならない。このようなことは、舞いにせよ、動作にせよ、物事のありようを表す物まねにせよ、あらゆることについて言えることであって、つまりは、どんなことであっても、たとえば住まいを定めるように、一つのありように安住して、それ以外のことを忘れてしまってはならないということにほかならない。
また身体を使う時には、心根、すなわち心の持ちようが大切であり、体を激しく動かす際には、踏み出す足の運び、つまりは足踏みを、むしろ、そっと忍ぶようにしなければならないし、逆に足を強く踏む際には、体を静かに保つよう心掛けねばならない。これは、こうして筆で書きつけて言葉で表すのは難しいことであり、本当のところは、教える者と教わる者とが、相対して口伝で、直に伝え学ばなくてはならないことではある。なお、これに関するより詳しいことは『花習』という書物に述べてある。
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