第三十八回
風姿花伝 その五
奥儀讚歎云(おうぎにさんたんしていわく) その七
寿福増長について、もう一つ言っておかねばならないことは、ただ世俗的な理由から、欲得に任せれば、これは最も道を誤り、能力を衰えさせる原因となるということである。道を極めるための嗜みということでは、寿福増長ということを、何よりも考えるべきである。また寿福ということだけを考えておれば、能の道は廃れ、道が廃れれば、寿福もまた失せてしまう。正直に、円満で明るく健やかな生き方をしてこそ、世間のあらゆる徳の、その最良の部分を備えた妙なる花を咲かせることが出来るのだと考え、そうなるよう努力すべきである。
考えるに、この花伝書において、年齢による稽古の仕方から始めて、いろんなことを書き記してきたが、これはどれも私の自力や才覚によって為しえたことではなく、幼い頃から今に至るまで、すべては亡き力のおかげであって、大人になってから二十数年の間も、目に触れ、耳にしてきたことがらを、父のありようを受け継ぎつつ、能という芸の道のため、家のために、これを書いたのであって、私ごとなどでは、決してない。
応永九年の三月二日、世阿
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