第609回:人間が作った地震の怪
アメリカは世界有数の産油国です。問題は、産出する油量を大幅に上回る石油、ガソリンを際限なく消費していることです。アメリカ人一人が使うエネルギーの量は、先進国と言われている日本やヨーロッパに比べ、とてつもなく多く、ましてや、アフリカ、東南アジアの国の10倍、何十倍になります。エネルギーの80%以上を占めているのが石油、ガソリンなどの油です。
自分の国の生産量だけではとても足りず、中近東の産油国から大量に買っています。日本、スイス、イタリア、スペインなど、全くと言っていいほど石油の出ない国からみれば、何とも贅沢な悩みなのですが、アメリカは何とか原油の輸入を減らそう、自国の生産量を上げようと躍起になっています。
私たちが住んでいるコロラド州、ロッキー山脈の西側は、地盤が古く、まず地震がありません。ウチのダンナさんが小屋の西側に大きく張り出したテラス、サンデッキを建てた時、耐震構造にしなきゃ…と、コンクリートで固めた9本の柱の間にさらに斜めに分厚い板を張り巡らしました。そこは長年連れ添っていますから、ここでは地震がないからそんなもの必要ない…とは言わず、そうか、そうであるかと、もっともらしく頷いておきました。
デッキを建てている途中で、隣のマークが、仕事の進行具合を観にきました。マークは古い家を買い、修理して転売するような仕事から始め、新しく家を建てることまで請け負っているいわばプロなのです。
斜め、あるいはX状にボルトで締めてある分厚い板を見て、コリャ何のためだ? それより、高さ1.5メートルはある、デッキの下、縁の下を倉庫、物置にした方が良いんじゃないかと、まことにもっともな忠告をしてきたのです。でも、もうすでに張り巡らしたダンナさん流の“耐震構造”ボードを取り外すこともなく、ともかくも頑丈なテラス、サンデッキができ上がったのです。それは、象がぶつかって来ても、カバが上でダンスをしても、ビクともしないと思わせるものに仕上がりました。
ここは冷蔵庫やパソコンのブーンという音が耳障りなほど、普段とても静かなところです。ところが、ダーンと家全体が1、2メートル落ちたような衝撃音と地響きがあり、私はてっきり家の土台が崩れたか、裏の岩山の巨大な岩が落ちてきたかと思いました。
ダンナさんは即、外に飛び出し、家の周り、裏の岩山、それから私たちの地所をグルリと回ってきて、どこも何も変わっていないゾ…と報告してくれました。コリャ、もっと大きな地震の前触れかも知れんゾ、という地震国出身のダンナさんの予見をよそに、その衝撃は1回だけでした。
その翌日、新聞、ローカル紙ですが、ここから61マイル(約100キロ)離れたライフルという町近くで大きな地盤沈下があり、その衝撃波はロッキーを超え、遙か300キロ近く離れたデンバーでも感じ取られくらいのモノだったとありました。
この地盤沈下は、“フラッキング”と呼ばれる、相当深い地下1,000メートル以下にある、油、ガスを高い圧力をかけた水蒸気状のもので押し出し、抜き取る新しいテクニックのことで、20年ほど前から、持てはやされ始め、ファラッキングがアメリカの石油危機を救う…とまで言われました。
ライフルの町の周辺には高く醜い鉄塔が乱立し、その天辺から不気味なダイダイ色をした炎と煙を噴出しています。町に落ちるお金も半端でなく、良い給料での雇用も一挙に増えました。各フラッキング井戸で働く労働者が使う清水を運ぶトラックの運転手でさえ、私の給料の3倍も稼いでいました。チョットした西部のゴールドラッシュのようでした。
このような大掛かりの開発は、もちろん政府がらみの大企業、石油会社などが行います。深い土の中から押し出し、吸い取ってくる油をふんだんに含んだ砂状の土から原油を抜き取るのですが、その時、滓の土、石炭のボタ山のようなもののことなど、大会社の科学者は考えていないようなのです。そんなことは十分知っていながら無視したと考えた方が当たっているかもしれませんが…。
搾りカスの土にはまだ大量の化学物質が含まれているのですが、それを巨大な隕石が落下した跡のような掘り込みに捨てていたのです。当然、その土に含まれているコモゴモの化学物質は、雨に溶け、地下水に流れ込みます。
中西部の田舎町はまだ水道の配管が巡らされていないところが沢山あり、私たちのように地下水を汲み上げて使っています。まず異変に気がついたのは、ライフル近郊にある、引退した人たちが住むかなり豪華な田舎風のコミュニティーの住人たちでした。原因不明の病に倒れた人が出たほどで、それが近頃臭い出した井戸水が原因だと判明したのです。
そこの住人達は、病気になるは、引っ越そうにも本来豪華なであるはずの彼らの家に買い手は付かないは、踏んだり蹴ったりの最悪の状態に置かれてしまいました。汚れた地下水の範囲は徐々に広がりつつあり、農作物や牛、馬の健康にも害を及ぼし始めています。
ソビエトと競争するように、原子爆弾を量産していた時代、ウラニュウム鉱山開発が大々的に推し進められました。山歩きをしていて、不気味な色をしたウラニュウムのボタがそのまま野ざらしなっているのに出くわします。“ここ掘れワンワン”とばかり、ウラニュウム鉱山の跡だらけ、森を切り拓いて鉱山へ、うち捨てられた道路の跡が縦横に走っているのです。
私が勤めている大学町を流れているコロラド川の両岸も、ウラニュウムのボタで護岸されていますし、町の郊外の団地を造成するのに、そんな土を使っています。人体に害があると分かったのは20年ほど前になるでしょうか、政府が莫大な予算で、ウラニュウムのボタ山の処理を始めましたが、すでに汚れてしまった土地、水を綺麗にする、元に戻すのはミッション・インポッシブルなのです。
そんな、苦い経験を全く生かさず、石油だ、ガスだと、フラッキングに走っているのを目の当たりにすると、もう自然が持つ治癒力ではとても回復できないところまできてしまったのではないかと暗澹たる気持ちになります。
毎朝、森をウロウロしてくるウチのダンナさん、「オイ、こんなに良いところはないぞ、オレ、ここから離れられんぞ…」と帰ってくるなり言っていました。それも、きれいな井戸水があり、空気が澄んでいて、連続してドカーンと地震が来ないという現在の条件があってのことなのですがね…。
-…つづく
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