第577回:山の中のミニ音楽祭
山の我が家に帰ってくると、いつもその静けさに感じ入ります。まさに、サウンド・オブ・サイレンスの世界で、シーンという静かさが耳の奥で鳴り響いているかのようなのです。時々、コヨーテが遠吠えをすると、周りの牧場で飼っている犬たちがそれに応えるように合唱を始めることがありますが、その他の時は、それはそれは静かです。ウチの古い冷蔵庫の音が煩く、夜に冷蔵庫を止めようか…と思うほど山と森が静まりかえります。
ところが毎年、8月の終わり頃、3日間だけ大型スピーカーで鳴らせたカントリー&ウェスタン、ブルースが微かに聞こえてきます。3キロほど離れた隣人が自分の広々した庭に大きな野外音楽堂、ステージを建て、と言っても屋根だけの大型キャンピングカー用のカーポートの一方をキャンバスで塞いだだけのものですが…、“ピックン・オン・ザ・ピニヨン(Pickin’ on the Pinyon)”と銘打って、カントリー、ブルースのミニ音楽祭を始めたのです。
元々、カントリー&ウエスタンの大ファンで退役軍人のビル叔父さん、自分の庭でチャリティー音楽祭をやったらどうか、案外人がここまで登ってくるのではないか…と始めたものです。
それが5年前のことで、誰がこんなところまで来るものかと思っていたところ、意外や意外、大盛況で毎年、舞台も大きくし、会場も拡大し、何十台ものキャンピングカーが並び、3日間のミニ音楽祭を盛り上げているようなのです。
会場を覗いてみたところ、富士山型の尖がった白いテントが8張りも並び、“Pickin’ on the Pinyon 2018”出演者たちのTシャツやバッジ、記念品、どういう関係なのか、ハンティングナイフの銘品、もちろん、ビール、ホットドッグなどを売っていました。また、各自が持ち寄ったお宝(骨董品のようなピストル、サーベル、ハンティングナイフが多いですが)のオークションがあり、売り上げはすべてチャリティーに行きます。
この音楽祭は負傷した軍人のためのチャリティーで、カントリー音楽では相当名の通った垂涎のスターシンガー、バンドも応援演奏に駆け付けてくれているようです。“ウィスキー・シェイカー”、“ザ・スクーター・ブラウン・バンド”、“スチュワート・レイ”、トリは“マイク・デーン”と、その筋では人気の演奏家のようです。そして、この音楽際では、ミュージシャンとお客さんが一緒にビールを飲みながら歓談し、一人称で「おい、ビル…」「なんだよ、マイク…」と話しているのです。
入場料は3日通しで40ドルほどで、バーベキュー・ランチパーティー付きです。座席などはなく、観客は各自折りたたみ式の椅子を持参します。
元々、足腰の軽いアメリカ人のことですから、車のナンバープレートを見るとコロラドだけでなく、テキサス、オクラホマ、アリゾナ、ニューメキシコとはるばる他の州から長いドライブで駆けつけている人たちも半数くらいに及びます。
その会場にキャンプして泊まるのですから、コンサート会場で存分に飲んでも大丈夫、椅子をたたんで、キャンピングカーに戻って寝るだけで、酔っ払い運転で七十七曲りの国立公園の崖道を降りなくて済みます。それに、他の州から来ている人たち、とりわけリタイアした軍人にはマリファナファンが多いので、コロラドで合法的なマリファナをたっぷり吸って、音楽の余韻に浸りながら、寝ることができるというものです。
会場は私たちの散歩道筋にあり、夕方、暑さが抜け、涼しくなる時間にそのすぐ脇を通ると、タダでカントリー&ウエスタンの生演奏が結構良く聞こえます。夜も12時にはピタリと演奏を終えるので、近所迷惑ということはありません。それに1年にたった3日だけのことです、 大いに盛り上がって欲しいとさえ思っています。
赤字にならず継続できたらいいな…と、カントリー&ウェスタンのファンではない私も応援したくなります。ところが、主催者であるビルの姪っ子サラ(彼女がWebサイトを作り、財政面を担当)によれば、5万ドル以上の収益があり、傷痍軍人協会に送ることができる…と言ってましたから、マズは大成功でしょう。
一見、突拍子もない、ほとんど思いつきのような企画でも、計画をきちんと立て、実行に移すと案外上手くいくものです。この超ミニコンサートもたいした宣伝もしていないし、ほとんどが口コミだけで集客しているようなのですが、ご近所さんだけでなく、谷間の町の人々に知られるようになり、今年は誰が来る、早めに行って良いキャンピングカーの場所を確保しなければ…と話題になっています。
こうなると新聞でも、定年生活者向けのミニコミ週刊誌も取り上げ、普段、車があまり通らない私たちの家近くの郡道に大きなキャンピングトレーラーが押し寄せ、時ならぬ交通渋滞(チョット大げさですが…)さえ起こるようになりました。
主催者…というのでしょうか、仕掛け人家族によると、今年の有料入場者は859人でした。とは言っても、まだこの台地の住人が好きでやっている超ミニコンサートの範囲です。
今こうして書いている間にも、ドラムとベースのドンドンという音が響いてきます。日本の盆踊りの太鼓が遠くから聞こえてくるような気分になります。もっとも、ドラムはアメリカ的なフォービートです。
このカントリー&ウェスタンのミニ音楽祭は、夏の終わりを告げる風物詩のような存在になってきました。
-…つづく
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