第239回:"シーベルト""シューベルト""シートベルト"
昔の尺貫法にしろ、ヤード・ポンド法にしろ、基準は人間の身体や穀物の大きさです。 その土地で生活すると、長さ、重さ、広さが実感できます。
日本で使われていた尺貫法は、大昔、中国、殷の時代に制定されたといわれていますから、随分古くからあったようです。その後、日本に伝わり、日本独自の曲尺(コレをカネジャクと読ませるとは…!)、鯨尺、呉服尺になり、固定しました。
もともと、尺という文字は手のひらを大きく広げ、親指と人差し指の形から来たもので、親指から中指まで距離を長さの規準として"尺"と決めたようです。
英語圏のスパン、スペイン語圏のプルガーダなど、手を規準にするのは、世界中どこへ行っても同じなんでしょうね。今でも、釣り上げた魚など、小さいものなら手を広げ、こんな大きさだったと見せるでしょうし、逃がした魚なら両手を広げ、こんなに巨大だった……とやるのと同じなんでしょう。
いずれにしても、私たちの体が規準となっているのでよく分かります。いまだにアメリカが頑固に固執しているヤード・ポンド法も体が原器です。フットは足、ヤードは両手を広げた長さ、エーカーは二頭立ての牛に引かせて半日で耕すことのできる広さです。
メートル法はメートル原器というのがあり、その規準というのが"質量86のクリプトンの同位元素がエネルギー単位2P1(10)5d5の間の遷移で発するオレンジ色のスペクトル線の真空での波長の165万763.73倍に等しい長さを1メートルとする"なのです。お分かりでしょうか?
日本では、戦後いち早くメートル法に変換になりましたが、広さの単位としては、なかなか生活に馴染まないのでしょう、未だに3.3平米などと、1坪を苦し紛れのメートル法に直して使っているようですね。
畳の部屋がある家が少なくなったとはいえ、畳2枚分の1坪=3.3平米の方がイメージとして掴みやすいのは事実です。霞ヶ関ビル何杯分とか、後楽園球場何個分の広さとなると、ただとても大きいな~、というだけの感覚しか残りません。
日本人なら誰でも馴染んでいる単位でも、西欧の国々ではほとんど知られていない単位はマグニチュードです。日本人なら、マグニチュード4.8はマアーたいしたことない、7.0を超すとワー、大変だと体験して知っていますし、この揺れなら3.5くらいだろうと言い当てる名人もいます。
私の住んでいるコロラド西側には、地震がまったくと言ってよいほどありませんので、大学の同僚や近所の人たち、誰もマグニチュードという単位があることさえ知りません。
そして最近、日本で盛んに使われだした単位が"シーベルト"です。
私の95歳になるお姑さんは、とてもモダンでシューベルトの音楽を聞き、昔シューベルトの伝記映画を観たと語っていました。そして時々、車で彼女の娘さんの家巡りをしたり、温泉に行きますので、車に乗ったらシートベルトをしなければならないことは分かっています。
ところが、そこへニュースで盛んにシーベルトというヤヤコシイ言葉が登場し、「シーベルトってな~に?」と仙人たる息子に訊いていました。息子さん、「ウーム、放射能が人間の身体にどのくらい影響があるかを測る単位だよ」と半分くらい当たっている答えをしていました。
このシーベルトですが、放射線防護の研究に生涯をささげたスエーデンの科学者、ロルフ・マクシミリアン・シーベルの名前から来たもので、「Sv」で表します。シーベル博士が亡くなってから13年後の1979年の国際度量衡総会で認められた単位です。この単位シーベルトで、どのくらい放射線被爆しているか、具体的な数値で示すことができるようになりました。
たとえば、2Svの放射線を全身に浴びると5%の人が死に、4Svで50%、これが7Svになると99%の人が死にます。
1Sv=1,000rem=100,000mrem(ミリレム) で、被爆はどのくらいの時間放射能にさらされたかが問題になりますから、1時間に何シーベルトという単位で「Sv/h」として表しています。
日本の新聞、マスコミに毎日のようにシーベルという単位が現れるので、実際に全く見えないものなのに、感覚として、「オ~、そりゃ危ない」とか「その程度ならレントゲン写真とたいして変わらない」と、なんとなく分かったような気分になります。
もう一つ、"カーン"という単位をご存知でしょうか? これは、未来学者のハーマン・カーンの名前にちなみ、アメリカもしくはロシア(この計算をしたときにはソビエトでしたが)に住む人間を全滅させるのにどれだけの原子爆弾があれば良いかを計算した単位で、1万メガトン=1カーンになります。
地球全部を滅ぼすには300万メガトンが必要で、これにも単位があり、"ナギサ"(グレゴリー・ペック主演の映画『渚にて』から取ったものだそうです)と呼んでいます。 現在、地球上にといっても、主にアメリカ、ロシアですが、所有している核爆弾は2.5ナギサあります。ということは、地球を2回半絶滅させるのに充分な核爆弾が蓄えられているということです。
実際に見ることも、感じることもできない単位を使わなければ表せない物質とも呼べないシロモノに囲まれて生きる、コワイ時代になったモノですね。
第240回:現代的な顔と古い時代の顔
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