第55回:明日に向かって撃て
更新日2003/04/03
それからは私のツアーに参加するお客さんの数も、少しずつ増えてきた。そして、サンフランシスコに分かれて暮らしていた妻も呼び寄せた。結婚早々、別居という苦労をかけてしまい、妻には頭が上がらない。しかも、ラスベガスへ来たとたん過酷な砂漠での射撃インストラクターの助手としての仕事が彼女を待っていたのだから。
広報活動は会社を立ち上げた当初、最も重視していたが、会社ホームページの公開は、私たちのような零細企業にもチャンスを与えてくれたのだ。少し変り種のツアーとして、日本の雑誌の取材などで“射撃ツアー”のことが紹介されるようになると、ベガスの砂漠での実弾射撃は、一部の層から支持されるようになっていった。
通常、旅行者が海外で射撃を体験する場合は、ほとんどがインドア(室内)射撃である。室内の場合は、各50cm幅のレーンに入り、ペーパーターゲットを吊るして射撃を行うのが通常で、天候に左右されず、気軽に射撃に参加できるのはありがたい。
しかし、射撃音が大きい閉鎖空間での射撃は、意外と初心者には辛いものである。バックストップ(弾をストップさせる壁)は、拳銃弾しか使用できない。距離はせいぜい15m程度である。
さらに日本人の多い観光地になると、GUNがワイヤーで固定されているところまである。安全を配慮した作りではあるが、それでは銃を操る楽しさも半減してしまうのだ。
私たちがツアーを実施する砂漠の射撃場では、GUNや弾の制限もなく、ライフルなどの射撃も可能だ。そして、なるべくお客さんには自分自身で、弾を詰めて自分でGUNを操作して撃つ、というやり方を奨励している。インストラクターから弾を込めたGUNを渡されて、引き金を引かされるだけでは、あまりに味気ないものである。
砂漠で撃つターゲットも、ボーリングのピンやコーラの缶、鉄板など多種多様で、実際に撃ってみて、初めて本当のGUNの威力も分るものだ。距離も200mくらいまで射撃可能である。

射撃の事故はありませんか? という質問も多い。もちろん、射撃の前は、安全講習や取り扱いを徹底的に説明して、実射の際もインストラクターが横に付いて指導する。人間は意外と危険なモノに対しては敏感なもので、そんなに無茶はしないものである。
その事故を未然に防ぐのも私たちインストラクターの仕事である。今まで3万人近いお客を無事故で射撃させたのは、ただ運がよいだけではないと思っている。普通に車や飛行機に乗っていても、事故に遭う可能性は充分起こり得るのだから。
また、射撃ツアーというと、参加者に鉄砲を撃たせてそれで終わりだと簡単に思っている人も多いが、意外と事前の準備などやることが多い。毎朝、参加するお客に合わせてGUNや弾を準備する。50種類のGUNの中からお客の特別なリクエストがあれば、多数のGUNを用意する必要がある。
女性の割合が多い場合は、指導員の数を増やさなければならない。それに付随する装備品や車両の手配や点検、ホテル送迎の順序、交通事情と天候の把握など、朝のスタッフミーティングはかなり慌しくなる。
お客に人気のあるGUNは、拳銃では、世界中でよく使用されているルガーやS&W(スミス・アンド・ウエッソン)の38口径、アクション映画によく登場するベレッタ92FS、ガバメント、44マグナムがメインだが、米軍の採用するコルトのM-16ライフルや、米国の警察が使用するレミントンのショットガンも屋外しか射撃できないので、挑戦する人が多い。また、30発入りのマガジンを僅か3秒で空にするドイツ製MP-5などのマシンガンの迫力は、一度味わうと病み付きになる人も多いようだ。
射撃ツアーに参加してくれたお客の多くは、そんなGUNの魅力に満足して帰ってくれるが、女性客の一部には、参加しても恐怖のあまり1発も射撃することなく帰る人もいる。それなら最初から来なければよいのにと思ってしまうのだが…。
さらに困るのが、朝、私がホテルまで迎えに伺っても、まだ部屋で寝ているお客が多いことだ。約20%のお客が起きてこない。ラスベガスという場所柄、前日夜遅くまでカジノで遊んでいて起きることができないようなのだ。日本人は海外、特にリゾートでは意外にもルーズである。
結局、彼らにとって、射撃などはどうでもよいのかもしれない。実際、お客の殆どは現地で参加する一般客なので、本物のGUNを怖いモノ見たさで、ひやかし程度に参加する人が多く、そのことをとても残念に思っている。私にとって、毎回のツアーが真剣勝負なので、ツアーを申し込んだ以上は、お客にもそう考えて欲しいし、何かを掴んで帰って欲しいと思うのだ。
お客が来なければ儲けにはならないが、そんな現状を見ていると、本当に射撃に興味がある人だけしか参加して欲しくないと思うようになってきた。すでに射撃教官という特殊な世界にドップリと浸かってしまっているため、私の頑固さは増しているようで、やはり商売には向いていない性格なのかも知れない…。
1回のツアーの所要時間は、平均2、3時間くらいだが、毎回の講習やインストラクションと実射に予想以上に気力と体力を消耗する。多いときには、1日に3回以上もツアーを実地することもある。
毎回、ツアーから帰ると使用したGUNの清掃・点検を行い、GUNの破損箇所や注油などをチェックする。GUNも機械と同じで、メンテナンスにはかなり気を使う必要があるのだ。
ツアーのない時は、弾の手配、射撃場の清掃、営業などで1日がアッという間に終わってしまう。ツアーを催行するには、それなりに裏方の仕事も必要になるのだ。
自分で商売をしていると、つい仕事が趣味になってしまい、余暇の過ごし方も難しいものだ。かといって、サイド・ビジネスなどをする気もない。職業病ともいえるだろうが、長年の射撃生活で聴力は著しく低下してしまった。それでも毎年来てくれるリピーターが、砂漠の射撃を楽しみに遊びに来てくれる。そんなお客のためにも、この仕事をやり続けることができれば、これに勝る喜びはないと思っている。
敗戦によって日本には徴兵制がなくなった。現在、日本人で銃器が扱えるのは警察官か自衛官、それに少数の銃器ファンだけだ。しかし、一歩海外へ飛び出せば、そこには日本とは違い、自分の安全は自分で守るしかない現実が存在するのだ。だから私は、男ならせめて銃器の使い方ぐらいは覚えて帰って欲しいと、商売抜きで思うのだ。
そんな私の考えを危険だと思う人が多いかもしれない。が、その人たちこそが、戦後の悪しき平和主義者たちと一緒に、今の日本をダメにしてしまっているのではないだろうか。
男なら、たとえ玩具の拳銃でも、初めて手にした瞬間、GUNというツールの圧倒的な存在感に酔いしれた経験があるはずだ。誰もが記憶の彼方に置き忘れたそんな感動を、私は今でも追いかけているだけなのかも知れない。
完
第56回:【付録】オトコのためのラスベガス・ガイド
