枕草子 第十一回
その九 一条天皇の
今年二十一歳の一条天皇にお仕えしている猫さまは、五位の命婦(みょうぶ)の位をいただいている雌猫で、とっても面白いので、上様はとても可愛がっていらっしゃるけれども、よく御簾(みす)の外の縁の端で寝ていて、お世話係の馬(むま)の命婦が、あらまあ、そんなところで寝ていてはいけませんよ、お行儀が悪いでしょ、ちゃんと中にお入りなさいませ、と言っても、知らん顔をして、陽のあたるところで寝たままでいるものだから、脅かしてやろうと、馬の命婦が犬の翁丸(おきなまる)を呼んで、どこにいるの翁丸、早く来て猫さまの大切なところを噛んでやりなさい、と言うと、翁丸が本気にして走り寄ってきたので、猫はびっくりして、慌てて御簾の中に入った。
その様子を、朝食をおとりになる部屋から、陛下がごらんになっていらっしゃったものだから、たいそう驚かれて、猫を懐に抱き抱えると、誰かこちらへと、男の人をお呼びになった。すると、上様の諸々のお世話をする蔵人(くろうど)の、源忠隆(みなもとのただたか)さまがいらっしゃったので、上さまは、忠隆さまに、この翁丸を打ってお仕置きをして、犬島に島流しにしてしまえ、今すぐにじゃ、とおっしゃられたものだから、翁丸を捕まえようと、みんなが集まって来て大騒ぎ。馬の命婦もおとがめを受け、上さまが、お世話係を代えよう、これでは心配でならぬ、とおっしゃられたものだから、馬の命婦は上さまの御前に出ることもできなくなり、翁丸のほうは、捕まって、宮中の警護をする滝口の武士たちの手によって、追放されてしまった。
それにしても、なんて可哀相なことでしょう。いみじくも、体を揺すって宮中を歩き回り、三月三日には、中国の風習をまねて、頭に柳の細枝で編んだ輪を頭に載せられたり、桜の枝を腰に付けて歩かされていた時には、まさか、こんな目にあう日がくるなんて、夢にも想ってもいなかったでしょうにと、なんだか悲しくなってしまった。
※文中の色文字は清少納言が用いた用語をそのまま用いています。
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