第1回:ポーカー・アリス ~12歳、英国からヴァージニア州へ移住
なんといってもこの写真のイメージが強烈で、
この写真一枚で彼女の人生を語り尽くすようなところがある。
晩年、80歳近くなってからのものだが、彼女は生涯、ポーカーに興じ、
生活の糧にし、太い葉巻をふかし続けた。それでも79歳まで生きた。
なんとも存在感のあるツラ構えだ。
人呼んで"ポーカー・アリス"、もちろん本名ではない。登記されている名前は、アリス・アイヴィス・ダフィールド・タブス・ハックケート(Alice
Ivers Duffield Tubbs Huckert)とえらく長ったらしい。
生まれは英国、デヴォンシャーで1851年生まれだから、カラミティー・ジェーンとほとんど同じ年(ジェーンの出生年月日がはっきりしないが…)、先に取り上げたベラ・スターより三つばかり若い。カラミティー・ジェーンは"平原の女王"、ベラ・スターは"盗賊の女王"と崇め奉られ、ダイム小説の格好の題材になり、文字通り無数の本が出されたが、このポーカー・アリスは、実際、兵隊相手に撃ち合いを演じ、一人を射殺し、幾人かに重症を負わせたりしているのに、ハリウッド映画の主人公になったり、彼女の名前を正面に打ち出したダイム小説にはならなかった。
理由の一つは、ポーカー・アリス自身、当時のゴシップ・ジャーナリズムを歯牙にもかけなかったからだろう。ポーカーの勝負以外のことに、全く関心を払わなかったのだ。
サウスダゴダのデッドウッドでワイルド・ビル・ヒッコックとテーブルを囲み、ポーカーに興じもしたし、ワイルド・ビルが殺された時(1876年)に同じ町にいたが、ゴッシプジャーナリズムがいかにも見たかのように、アリスも同じサロンにいて、銃弾に倒れたワイルド・ビルを抱きかかえた……と書いたのをキッパリと否定し、「ビルが殺されたのはサロン・ナンバー10で、私はマンズサロンにいた。ビルが撃たれたというニューズはすぐに町中に伝わり、大勢の人たちと一緒にナンバー10に駆けつけたが、ビルはすでにコト切れていた」と述べ、ゴシップに立ち入る隙すら与えなかった。ましてや、ゴシップ記者が飛びつくワイルド・ビル・ヒコックとのラブアフェアなど気配すら見せなかった。ただ、何度か彼とテーブルを囲みポーカーに打ち込んだことはあったが。
ギャンブラー然として男どもが黒ずくめのスーツや派手なタキシードで身を固めたように、アリスも非常に高価なドレスを着込んではいたが、それもポーカーというハッタリの大きいゲームのユニホームともいえる。アリスはどこから見ても自分をマスコミに売り込もうという意思はなく、心底からギャンブラーとして(後にギャンブルサロンのオーナーになったが…)潔く生きた。
アリスがイギリスからアメリカに渡ってきたのは、彼女が12歳の時だった。アリスが生まれた年は、どうにかアイルランドの大飢饉が終って間もない頃で、その間、100万人が餓死し、150万人がアメリカに移住しているので、イギリスの片田舎の教師だったアリスの父親にもアメリカ移住熱が飛び火したのだろう。
アリスの父親アイヴァースがヴァージニア州の小中学校に職を見つけ、そこに移り住んだのだ。アリスは全寮制の女子校入れられた。アリスが生涯、強い宗教心を保っていたのは、保守的で信心深い父親とこの女子校での影響だと思われる。滑稽な情景だが、葉巻を銜えギャンブルに興じるアリスは、日曜日には決して賭け事をせず、また後に自分で開いたギャンブルサロン、当然娼婦を抱えていたが、日曜日には閉店したほどだ。
1800年代半ばの"西部熱"はゴールドラッシュが火付け役だったが、金鉱探しだけではなく、西部に行けば一挙に可能性が広がり、牧畜、農業、それに絡んだありとあらゆる商売で成功する…と信じ、まさに我もわれもと西に向かった。西へ西へとまるで熱病に感染でもしたかのような現象はその場に身を置かない限り、熱気を感じ取ることができないのかもしれない。
アリスの父親も家族を引き連れてコロラドのリードヴィルに越した。リードヴィルはロッキー山脈の山中に位置する炭鉱町で、今でも大量の石炭を産出しているが、当時は石炭より金と銅を掘っていた。今ではロッキー山脈を越えるインターステイトハイウェイ70から91号線を南に下り24号線と合流する地点にあたり、デンヴァーからおよそ3時間足らずのドライブで行ける町だ。町には立派な鉱山博物館があり、この町が未だにいかに炭鉱に依存しているかをうかがわせる。
父親アイヴァースはこのリードヴィルに教職を得たのだ。そこで、アリスはフランク・ダフェールドという鉱山技師と出会い、即結婚している。アリス20歳の時だ。
新郎のフランク・ダフィールドは一介の山師や鉱夫ではなく、地質学や鉱道の掘り方に通じたプロの技師だった。フランクは学校教師や鉱夫よりはるか多く稼いでいた。ただ、リードヴィルのような鉱山町では誰でも染まるようにギャンブル、ポーカーに嵌っていた。外に娯楽がないという事情があるにせよ、リードヴィルには何軒ものギャンブルサロンがあり、鉱夫たちは週ごとに支払われる給料を惜しげもなく賭けた。
フランクのギャンブル癖はアリスに飛び火した。最初、若いエネルギーにあふれるアリスは家でジーッと夫の帰りを待つことができず、フランクと一緒にギャンブルサロンに出向き、夫のポーカーの手際を彼の後ろで観ているだけだった。ギャンブルサロンは当然娼婦もいるし、若い女性が出入りするようなところではなかった。連日、夫に付き添うようにギャンブルサロンに通ううち、ポーカープレイヤーたちも彼女を受け入れ、無視するようになってきた。
そこでアリスは、それまで夫の後ろに立ち、夫のカードだけを見ていたのを、動きながら、他のプレイヤーの手も覗き、ゲーム全体を観察するようになった。そして、ポーカーのゲーム、賭け方、ハッタリの駆け引きを第三者的立場で学んだのだ。この時のギャンブル講座が、アリスを未来の偉大な?
ポーカープレイヤーに仕立て上げたと言われている。
-…つづく
第2回:ポーカー・アリス
~プロのギャンブラーとしてデビュー
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