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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第406回:謎のスイッチバック、謎の八幡平 - 花輪線2 十和田南~好摩 -

更新日2012/01/19



十和田南駅は行き止まり式で、先へ進む列車は進行方向が変わる。いわゆるスイッチバック方式になっている。スイッチバックは山岳路線を克服するために造られる例が多く、学校の社会科でもそう教わった気がする。箱根登山鉄道や肥薩線、篠ノ井線姨捨駅などがそうだ。


十和田南駅構内。分岐器の先、左が好摩方面、右が大館方面

しかし、十和田南駅は奥羽山脈に挑む山間の駅ではない。平地のスイッチバックである。こういう線路の形には事情がある。地形ではなく、線路を作った人と社会の方に克服すべき問題があった。秋田鉄道は毛馬内から先、北東へ延伸し、青森県三戸へと延伸する算段だった。さらに、毛馬内から小坂へ支線を作る計画もあったらしい。

小坂と大館は小坂鉄道が先に開通しているけれど、秋田鉄道も設立趣旨は鉱物資源の輸送だったから、小坂の大鉱山は魅力的だっただろう。小坂鉄道が秋田側へ運ぶなら、ウチは三沢へ運ぼうという意図があったようだ。しかし両方とも秋田鉄道は実現できず、南へ延伸し陸中花輪に至っている。花輪は鹿角地域の中心的な町で、こちらの方が優先度が高かったかもしれない。


兄畑駅の花壇。緑に飽きて鮮やかなピンクに癒される

あるいは、秋田鉄道が三沢延伸を踏みとどまっている間に、1922年の鉄道敷設法改正で「青森県三戸ヨリ秋田県毛馬内ヲ経テ花輪ニ至ル鉄道」が提示されたから、そのルートにそって先に線路を敷き、国に高く買い取ってもらおうという下心があったかもしれない。いずれにせよ、秋田鉄道はその後、国営鉄道に編入されて花輪線となり現在に至っている。陸中花輪駅は1995年に地域名を冠した鹿角花輪に改称された。

鹿角市は花輪盆地の市街地を中心とし、人口は約3万4,000人。比内鶏の原種は米代川流域のこの地域で発生したという。市の鳥は声良鶏といって、江戸時代に当地と越後の種を交配させたそうだ。声良鶏は国の天然記念物でもある。比内鶏も天然記念物で、食用とされる肉は食肉種と交配させた比内地鶏の方である。冬ならば比内地鶏できりたんぽ鍋、といきたいところだ。大館の鶏めしをまた思い出した。


米代川の上流に沿って行く

花輪盆地の突き当たりが八幡平駅。八幡平の山の20kmほど北にあり、岩手県八幡平市とも離れているからややこしい。もっとも八幡平市のほうは2005年に制定されたから、駅名の方が約半世紀も先輩である。さらに面倒なことに、八幡平市には同じ花輪線の松尾八幡平駅もある。こちらは1988年に岩手松尾駅から改称した。ちなみに、花輪線には快速「八幡平」が走っているけれど、八幡平駅には停まらず松尾八幡平駅には停まる。

八幡平といえば、私の中学の修学旅行が八幡平だった。関東の学校が修学旅行といえば京都・奈良が定番のはずだけど、学年主任の先生が国語の教師で「どうせ高校で京都奈良に行くでしょう」と、松尾芭蕉のおくのほそ道をたどるというテーマだった。しかし、芭蕉は八幡平を通ったのだろうか。芭蕉は松島から平泉を経由して、月山を通って山形へ向かっている。八幡平とは縁がなさそうだ。修学旅行では中尊寺金色堂を見たけれど、松島は見なかった。


峠を越えて下り勾配になった

八幡平ではシーズンオフのスキー場のような旅館に泊まった。私にとっては東北本線の昼行特急に乗ったから、貴重な経験をしたと言えるけれど、謎の八幡平である。しかも、高校に上がってみると、学友たちは中学時代に京都奈良を経験しており、二度は嫌だといって修学旅行は岡山倉敷になってしまった。

花輪線は八幡平の山々の外輪をなぞっている。景勝地八幡平の隅っこで、緑の中を駆け抜ける。旅人が緑に見慣れたと思ってか、兄畑駅の花壇には赤とピンクの花が並ぶ。1日14本の乗客のために、誰が世話をしているのだろうか。


荒屋新町駅の転車台

米代川の幅が狭くなり、田山駅あたりで見えなくなった。線路が森と奥の影に入る。その暗がりの向こうに陽の当たる山肌が見えて、線路が下り坂になった。山越えである。ふと隣のボックスシートを見れば、M氏が気持ちよさそうに居眠りをしている。そして少しずつ風景が開けていく。峠の向こうは横間という小さな駅だった。次の荒屋新町駅の構内に転車台を見つける。そばに保線車両があるから、現役の車庫として使われているようだ。


松尾八幡平駅で列車交換

安比高原という駅があって、赤い屋根のかわいい駅舎がある。いかにもリゾート風な名前だけど周囲には何も無い。その次が件の松尾八幡平駅であった。ここでは下り列車と交換する。運転台の後ろから観察すると、こちらと同じ形の気動車がやってきた。Y字ポイントでちょっとだけ向きを変えて隣の線路に入った。キハ111は力強く走るけど、列車交換の時はやっぱりのんびりとした雰囲気になる。ただし、むかしの気動車よりは静かだ。


岩手山? が見えてきた

もうすぐ終点の好摩である。車窓に形の良い山が現れた。きっと岩手山だろう。花輪線は好摩まで。しかし列車はここから旧東北本線、いまはIGRいわて銀河鉄道に乗り入れて、私たちを盛岡まで連れていってくれる。左から東北新幹線の高架がかぶさり、その下の直線を快走する。右手には立派な架線柱が並びはじめた。盛岡の車両基地であった。時刻は16時半。約3時間で奥羽山脈を横断したことになる。


好摩でIGRいわて銀河鉄道と合流

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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