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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第455回:12時間の旅の終わり - サンライズ出雲4 -

更新日2013/01/24


伯耆大山駅が近づいている。岸本駅を過ぎたあたりで、さっきの雲の塊が、周囲の空から孤立しているとわかった。間違いない。あれが伯耆大山だ。その雲は残念ながらずっとつきまとい、ついに頂を見られなかった。もっとも、あのように雲に隠されているから信仰の対象になったのだろう。雲は高峰の証しである。


伯耆大山を望む

この大山は列車の名前にもなった。私が鉄道雑誌に夢中だった頃の「だいせん」は寝台急行で、大阪と出雲市を結んでいた。1999年に寝台車を廃止しディーゼル急行になり、区間も米子まで短縮されたらしい。廃止は2004年。私が乗りつぶしの旅を再開して1年経った頃であった。

サンライズ出雲は山陰本線と合流し、伯耆大山駅を通過した。車内放送が始まった。米子駅停車のお知らせだけかと思ったら、観光案内が続いた。境線の妖怪列車も紹介した。知っている情報ではあるけれど、旅の気分が盛り上がってきた。そうだ。私は今、旅をしている。

その妖怪列車が米子駅にいた。私が乗った時からデザインが変わったと聞いている。そういえば路線も少し変わった。米子空港の滑走路を延長して、その滑走路に押し出される格好で線路が迂回された。もう一度乗ってみたい。水木しげる記念館にも行きたい。


変な顔の115系がいた

ところで、妖怪列車よりも気になる電車を見かけた。黄色に塗られた普通列車で、運転台が101系通勤電車に似ている。調べたところ、これは115系を短編成化するために、電動車両に運転台を後付した車両らしい。この顔つきは低予算の賜物か。だとすると、101系や103系は、低予算で大量に通勤車両を増やそうとした顔つきだったということか。

安来を過ぎて、車窓に海が現れる。日本海……といっても、ここは中海という湾である。堺線が走る弓ヶ浜半島と、国引き神話の島根半島に囲まれている。中海の東側、二つの半島が接するところに境港がある。半島の境目の水路だから境港。一方、中海の西側は大橋川を経由して宍道湖につながる。


手間天神社

中海が遠ざかり大橋川に出会うと、車窓に小さな島が現れた。小さな鳥居があって、手間天神社というそうだ。祭神は少彦名命(スクナビコナ)、大国主命の国造りを手伝い、酒造を広めた神様だ。それはともかく、あそこにお参りするには船で行くしかないようだ。泳いで渡る行事でもあるのだろうか。船が暮らしに根付いた地域ならではの神社だ。


高架区間から洒落た町並みを望む

車内放送が松江到着を告げ、さらに観光案内が続く。線路は運河を渡る鉄橋をきっかけに高架区間となった。車窓に人口20万人の都市が広がる。松江着09時30分。次の停車駅は宍道。たった15分だが、高架を降りると道中のほとんどが宍道湖畔となる。薄い雲を引いた青空と、並の穏やかな水面。その間に対岸の島根半島が見える。一畑電鉄の黄色い電車が見えるだろうかと目を凝らしてみたけれど確認できなかった。バスやトラックらしい粒は見えた。


宍道湖の向こうにバタデンを探すも……

遠くを観ていたら、いきなり近くを大きな銅像が通り過ぎる。交通安全厄除大神と書いてあった。国引き神話に交通安全の神は居ただろうか。


交通安全の神様らしい

宍道の次が終着駅の出雲市である。宍道湖の景色も終わり、荷物のまとめにちょうどいいタイミング。ふと顔を上げると、遠くに出雲ドームが見えた。一畑電鉄に乗った時に見えた丸い屋根。あれからもう6年になる。旅人の私でさえ、この建物を見て懐かしく思う。もしかしたら、この地に住む人にとっても、故郷の新しいランドマークだろうか。


出雲ドームに懐かしさを感じる

ヤマタノオロチ伝説の元になったという斐伊川を渡り、一畑電鉄が寄り添って高架区間。出雲市の人口は17万人だ。鉄骨の素組のような電鉄出雲市駅が見えて、サンライズ出雲も出雲市駅に到着した。定刻09時58分着。昨夜の出発が22時だから、ほぼ12時間の乗車であった。


ヤマタノオロチの斐伊川

これから山陰本線をさらに西へ向かう予定である。接続も程よく、次の普通列車は18分後の10時16分。私はいったん改札を抜けた。東京からの切符を差し出し、あらためて青春18きっぷに日付を入れてもらう。今日はここから青春18きっぷの旅に切り替わる。


出雲市駅に到着

社殿造りをモチーフにした駅舎を眺めで引き返す。構内の柱にフリーゲージ列車のポスターがある。「JR伯備線フリーゲージトレイン導入促進期成同盟会」とある。山陽新幹線からJR伯備線に乗り入れる列車を望んでいるらしい。それは確かに便利になりそうだ。しかし、高速列車が便利になると、寝台列車が消えるというジンクスもある。そういえば四国もフリーゲージトレインを望んでいた。

しかし、高速列車があっても、寝台特急サンライズには末永く活躍してもらいたい。利用率を上げるために、これからも乗ろうと思う。これだけの長距離列車は、いまや貴重な存在だ。しかもずっとベッドの上だから楽だった。新幹線や高速バスのように、降りてすぐに背筋を伸ばす必要もない。まことに快適な旅であった。


出雲市駅の建物は社殿がモチーフ

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


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