第456回:車庫を眺めてロケ地訪問 - 山陰本線 出雲市~波根 -
出雲市駅のコンコースに戻り、石見銀山の観光ポスターをちらりと見て改札を通り抜ける。出雲市で観光といえば出雲大社か、宍道湖か、ここで泊まって、翌日は石見銀山へ足を伸ばすというルートが定番だろう。しかし今回の私の目的はどれでもない。各駅停車に乗って30分。最初の訪問地は波根という無人駅である。たぶん何もない。まばらに人が住んでいる程度の町だと予想している。
いつか乗りたい381系電車
今回の旅はテレビドラマのロケ地巡りである。2007年に放送された昼の帯ドラマ『砂時計』であった。中年男がまじめに語ると恥ずかしいけれど、原作は少女マンガで、内容は幼馴染の男女が小さな恋心を抱き、少年期、青年期を経てすれ違い続け、その恋を成就できるか、という内容だった。恋愛モノとしては定番の物語であった。
私はなぜかこのドラマに惹かれ、毎日かかさず見ていた。きっかけは、たまたまテレビをつけたら、人気の子役の女の子が出ていた。以前、夜のドラマに出ていて、その時は無口な女のこの役だった。今回は活発な役でよかったと思った。脇を固める役者に上手い人が多く、失礼ながら、昼のドラマにしては力が入っていると感じた。
それだけの感想で終わるはずが、しばらく見ていると、ドラマの舞台は島根。ほとんどがロケだった。地方ロケをふんだんに使うドラマは珍しく、島根という土地はなおのこと珍しい。まだ訪れたていない土地だったから、今度は風景に興味が移った。純朴な人々と美しい風景。そして物語は、恥ずかしいくらいの、そして懐かしい青春物語。駅や列車のシーンも興味深かった。とうとう最後まで見てしまった。
2両編成の浜田行
その後、ロケ地を調べていくほどに、いろいろと興味が湧いた。平穏な、どこにでもある田舎の町が、マンガやドラマで実に魅力的に描かれた。そこも興味深く、いつか訪れたくなった。そのいつか、が、5年後になってしまった。でも、行きたいところとしてずっと気になっていた。
出雲市駅の高架ホームに上がると、特急電車『やくも』が2本並んでいた。岡山から到着した列車と、まさに岡山へ向かう列車である。サンライズ出雲で何度もすれ違った列車で、ここまでよく見かけると、陰陽連絡の主役だと実感する。車両は381系電車。日本で初めて振り子構造を採用した車両で、重心を低くするために屋根上機器を床下に収めた。だから屋根がスラっと平べったい。
381系にはいつか乗ってみたい。しかしこれから乗る列車は逆方向の浜田行き普通列車である。10時16分発。白いディーゼルカー、キハ120形の2両編成だ。地方の気動車がきれいになっていく。良いことである。車内はすでに満席となっていて、前方1両は高校生ばかり。弓道部なのだろう。だれもが布で包んだ長物を持っている。
神戸川を渡る
小さな気動車。予想通り、運転台は半室構造で、真横に立つと前面展望を楽しめる。列車は出雲市中心を高架で走り、地上に降りて国道をくぐる。風景が田園地帯に変わり、神戸川を渡る。「こうべ」ではなく「かんど」と読むそうだ。出雲大社の街である。神様にゆかりの川だろうか。
さて、ドラマロケ地巡りの旅ではあるけれど、もちろん主目的は鉄道である。山陰本線の出雲市から先は未乗区間。そして、次の西出雲駅の先に列車の車庫があるはずだ。以前、客車寝台特急「出雲」に乗った時も、今回、「サンライズ出雲」に乗った時も、私を下ろした列車は西へ去った。だからこの方向に車庫があるはずだ。
後藤車両所出雲市所を通過
西出雲駅に到着。出発信号が赤。遠くから白い気動車がやってくる。こちらと同じキハ120形で、あちらは単行運転だ。最初の駅でもう列車交換とは、さすが本線、運行頻度が高い。お互いに進路を明け渡し、ほぼ同時に発車する。この先、線路が複線に見えるけれど、この列車は右側の線路を行く。こちらが旅客線で、左の線路は車庫へ向かう線路らしい。
車庫の線路の先を視線でたどれば、架線柱が林のように立ち並び、遠くで線路が分岐している。その奥に車庫の上屋が見える。車両基地があった。朱色のキハ40形らしき気動車と、青い事業用電車が見える。他の車両は見えない。サンライズは建物の中だろうか。よく見ると、381系電車の顔があった。車両基地はこちらの線路にそっている。最後まで眺めたけれど、ついにサンライズは見えなかった。
一直線に丘を通り過ぎる
車両基地を通り過ぎれば人工物は激減し、青空と緑が織りなす風景に変わる。丘の切り通しを通り過ぎて江南駅。江は北にある汽水湖、神西湖を示すのであろう。神西湖は見えなかったけれど、そのかわり前方には風力発電の白い風車が現れた。そして小田駅をすぎれば、右手に日本海が広がっている。
快晴の車窓に海あらわる
青い海。快晴。こんな景色は地元の人もめったに見られないはず……と思ったけれど、高校生たちはおしゃべりと携帯電話に夢中である。将来、都会へ出て故郷を思い出す時は、まっさきにこの海ではないかと思うのだが。もう見慣れてしまったかもしれない。
列車は各駅に停まり、道路が敬遠した海岸線を突き進む。リアス式地形だと思うけれど、トンネルは意外と少なく、列車は軽快に走っていた。何度目かのトンネルを出ると視界がひらけた。波根駅に到着。一つ目のロケ地訪問だ。
波根駅に到着
客車鈍行時代からの長いホームに、たった2両のディーゼルカーが到着する。上り列車も到着した。ちょっとした賑わい。降りた客は私の他に数人。駅舎内におばちゃんが二人いて、仲良く話をしていたけれど、一人だけ私とすれ違って列車に乗り、もう一人は駅舎に残る。さりとて帰る気配はない。この駅が彼女の憩いの場所であろうか。
上り列車と交換した
-…つづく
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