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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第459回:万葉の街、恐竜の橋 - 山陰本線 馬路~浜田 -

更新日2013/02/21


馬路駅に戻ると、ちょうど下り特急列車が通過していった。今は16時04分。時刻表を見ると、スーパーおき5号らしい。二つ先の温泉津駅を16時07分に発車すると書いてあった。スーパーおき5号は鳥取駅を13時43分に出発し、日本海をなぞって益田から山口線に入り、瀬戸内の新山口駅に18時51分に着く。5時間以上も走る昼行特急である。いつか乗ってみたい。


長距離ランナーが通過

それから16分もホームで待つと、各駅停車の浜田行きがやってきた。朱色のディーゼルカー、キハ47形だ。前照灯やテールランプが張り出し、中央に黒い貫通扉の幌をつけたまま。いかにも「国鉄でございます」という顔をしている。昭和の頃にタイムスリップした気分である。乗ってみれば、やっぱり昭和の汽車旅の香りがする。

馬路を出た列車は、琴ヶ浜の西端をちょっとだけ見せてくれて、内陸に進路をとった。海岸沿いに線路はなく、山中の山陰道に沿う。リアス式海岸は線路や道路に適していない。海沿いの移動はむしろなのだろう。海は見えないけれど、次の駅は湯里、山からの恵みが旅人を癒すかのような駅名である。


青春18きっぷ利用者はこっち

その次は温泉津。ゆのつ、と読む。津は港。温泉もあり港もあり。山と海のいいとこ取り。街の規模は小さいようで、駅舎はこぢんまりとした赤い屋根。実は湯治場として1300年以上の歴史があり、大国主命がウサギを治癒したという伝説もあるという。なるほど特急が停まるだけのことはある。ここで10人ほど降りた。キャスター付きのカバンを転がす人もいる。長期滞在の構えである。


海から離れて山里を行く

温泉津を出ると、わずかに水面が見えた。港は入江の奥に位置しているようだ。風待ちの港としても適し、船乗りは温泉で体を休める。なるほど、良い場所である。そして列車はまた山道に入った。長いトンネル。森の中。短いトンネル、そして石見福光駅。ここからはしばらく海岸沿いになる。

黒松海水浴場から浅利海岸にかけての海。雲の間から光が差し込み、水面を光らせている。その向こうに岬があり、手前に風力発電の風車が立っている。江津東ウィンドファームといって、2009年に11基が建てられた。設置会社は関西電力ではなく、江津ウィンドパワーという。風車の羽は40メートル。1基で1時間あたり2,000KWを発電する。昭和の匂いの列車に乗って、新しい時代の景色を見ている。


風力発電の風車が並んだ

岬の元をトンネルで通り抜けると市街地が始まり、広い川を渡ると江津に着く。さっきの川が江の川だ。江津はその大きな川の恵みを得て開かれた街である。江の川は山陽と山陰を結ぶ川船輸送の拠点で、その歴史は南北朝時代までさかのぼるという。柿本人麻呂が郡司として着任し、依羅娘子と結ばれ、この地で世を去るまでの歌が万葉集に収められている。

賑わう土地には文化も栄える。しかし私にはそんな教養はないから、ここはやっぱり三江線の始発駅として重要な土地と考えるのみ。されどここに宿はないから、今夜の宿は浜田駅付近のビジネスホテルだ。明日の三江線の始発列車に乗るためには浜田の宿が都合がいい。しかし、ネットでは都合のよさそうなホテルを見つけられなかった。


江の川を渡る

江津駅は駅舎側に対向式ホームひとつ。ほかに島式ホームがひとつ。国鉄型2面3線というスタイルだ。私の列車は島式ホームの外側についた。駅舎側には特急車両が停まっている。スーパーまつかぜ、益田発鳥取行きである。銀色のボディに青と黄色の帯。父が勤めていたルフトハンザ航空を連想するデザインを、今日はよく見かける。山陰本線の存在価値を誇示するかのような運行回数である。

リアス式地形が終わり、列車は海沿いの平地を行く。建物も多い。ふと車窓に奇妙な形の白い物体。伝説のネッシーの尻尾のようだ。思わず写真に収める。カメラのモニターで拡大したら、尻尾の先からワイヤーがいくつも出ていた。なるほど、あれは橋だ。吊り橋である。


波子のはっしー、現る

後に調べてみると、これは石見海浜公園のシンボル、はっしータワーという。はっしーは駅名にもなった地名の波子からつけられた。主塔が1本で恐竜に似ているからはっしー。その首の部分からワイヤーが伸ばされて斜張橋となる。このデザインは投網のイメージだろうか。


明るいうちに浜田に着きそう

海沿いに国道。そして民家が続いている。陽が傾きつつあり、海の輝きが増したようだ。やがて列車は海から離れ、建物が増えていく。唐突に東京で見かけるような高層マンションが現れてびっくりする。携帯端末の地図を見ると、市営住宅とある。見晴らしがよさそうだ。


立派な市営住宅が2棟

浜田着17時26分。この列車はここが終着だ。しかしまだ明るい。私は益田まで足を伸ばしてみたくなった。改札を出て、発車案内を観る。18時04分の益田行きがあった。帰り道は暗いだろうけれど、行きは景色を見届けられそうだ。30分の待ち時間の間に、ホテルにチェックインした。部屋に荷物を置けば身軽である。



浜田駅は大病院に直結していた

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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