第461回:鈍足列車から日の出 - 三江線 江津~川戸 -
昨夜は20時22分着の列車で戻り、21時には床についた。旅先でも日常でも、眠くなったら寝るという暮らしをしている。午前4時起床。早寝早起き。7時間もたっぷり眠って、アラームが鳴る前に目覚める。今日も私の勝ちだな、と思う。アラームと競うわけではないけれど。
若い頃はもっと遊びたかった。夜中のテレビやラジオも楽しみのひとつだった。しかし、いまはタイマー録画や録音をセットすれば、その時間まで起きている必要はない。会社勤めではないから、話題を共有するためにテレビを見るという習慣もない。
念願? のキハ126形
せっかくトレインビューの部屋に泊まっても、夜は早寝、朝は始発前の目覚めでは、肝心のトレインが走っていない。しかも今日も始発で出かける。外はまだ暗い。しかし江津から三江線に乗る頃には景色を眺められるはずだ。
出立の時までテレビニュースを観る。天気予報によると台風が迫っている。この辺りがちょうど暴風圏の隅っこである。しかし窓から見下ろす限り、藍色の街は穏やかであった。台風は中国地方を横断し、日本海側に抜ける見込み。ただし、本日の広島地方の予報は雨である。明るいうちは降らないでくれよ、と願う。身支度を整え、日本カワウソが絶滅したというニュースを見て部屋を出た。外は暗く、扇風機の弱くらいの風が絶え間なく吹いている。
茜色に染まる空と車体の帯の色が揃う
改札を通りぬけホームに立てば、東の空の雲が茜色に変わりつつあった。その色合いが、キハ126系の帯の色に似ている。赤は警戒色、青はJR西日本のコーポレートカラーだと説明されているようだけど、この空の色に合わせたかのようだ。
そのキハ126が05時33分の出雲市行きだ。昨日、こっちに乗ってみたかったと思った車両である。短い区間だが乗れて嬉しい。景色は見えなくても、乗り心地と車内の観察ができる。両端のドア付近に小さなロングシートがあり、ドア間はクロスシートがズラリと並ぶ。長距離旅行向けの配置である。昨日よりエンジン音が大きく聞こえる。朝の静けさのせいか、暖機運転のせいか。
車内には私の他にもうひとり。私より少し年下の男性が乗っている。メガネに短髪。TシャツにGパンに、コロコロつきの鞄を引いて、片手にカメラを握っている。私のスタイルとほとんど同じで、わかりやすい同好の士であった。ここまで共通だと、お遍路さんと同じくらい見分けやすい。もっとも、鉄道ファンのひとり旅は自分の世界観を大事にするから、同類とわかっても声をかけたりしない。
列車が走りだすと、エンジン音が更に大きくなった。車窓はまだ眠ったままの街である。日本海側の街は太陽が昇る前に朝が始まり、空の色だけが変わっていく。雲の下層側だけ流れが速い。台風の影響だろう。視線を下ろせば、昨日の車窓で見かけた恐竜の首が見える。波子のハッシーだ。
三江線はキハ120の単行
05時57分江津着。三江線三次行きの発車は06時00分。狙いすましたように見事な接続である。もっとも、この列車の次は12時44分。その列車は浜原止まりで終点まで行かない。三次へ行く列車は15時08分で、なんと9時間も空いてしまう。全線直通列車は下り2本、上り1本。乗り継いでも1日3回の便しかない。乗りにくいローカル線の筆頭である。
浜田発の列車から乗り継いだ客は私とおばちゃん二人だけ。我が同類はそのまま山陰線に乗って行ってしまった。なんだ、彼はこの列車に乗るために浜田に停まったわけではないらしい。他に乗客は数人。始発列車だからこんなものかと思うけれど、次の列車は6時間以上も後である。やはり乗客そのものが少ないらしい。
江津の駅を出ると早々に右へカーブして山陰本線と別れ、こちらは江の川を渡らず右岸を進む。空が少しずつ明るくなり、発車から数分後、対岸の向こうの稜線に太陽が姿を見せた。神の後光のような美しい日の出である。
江の川越しの日の出を見た
三江線の車両はキハ120である。昨日の山陰本線ではそこそこのスピードを出していたけれど、かなりゆっくりとした歩みである。きっと上り坂なのだろう。トンネルをくぐると江津本町駅。そのさきでいったん川を離れ、森に沿うように走れば千金駅。森を背にして、向かいの森にも手が届きそうな狭い土地に佇む。いい雰囲気だな……と思っているうちに発車。写真を撮りそこねた。
小さなトンネルを通過
列車の速度は相変わらずゆっくりで、駅間距離も長いから、隣の駅が遠く感じる。千金から川平までの3.6kmを8分もかける。換算すれば時速27kmだ。原動機付自転車の制限速度より遅い。私の知る限り、スピードを守る原付きなどいない。この列車は遅すぎる。沿線の人々が三江線を選ばない理由は、たぶんこの遅さだろう。
こんどは鉄橋。早くも山越え路線の風情
次の川平駅は、映画版『砂時計』のロケ地である。辻岡駅という名で、駅前の空き家を改造して商店にした。そのセットは撮影後に元の空き家に戻されたらしいが、ちょっと見ておきたい気もする。しかし、ここで降りてしまったら、次の列車まで6時間待ち。せめて2時間に1本くらい走ってくれたらと思う。
映画のロケ地になった川平駅
1日に数本しか列車がなくて、クルマや原付きより遅い乗り物。そんな路線に誰が乗るのか……と思ったら、川戸に高校生が数人いた。原付きや自転車で通わない理由は、学校のある駅が遠いか、この先は上り坂で自転車がきついか。そんな思いで観察していると、誰もが携帯端末に夢中だ。
急カーブと30km制限標識
なるほど、運転しながらではできない楽しみである。電車通学、電車通勤を促すために「ケータイで遊べる」は良いセールスポイントかもしれない。
川戸駅で高校生の姿が見えた
川戸駅が遠ざかっていく
-…つづく
|