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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第413回:半円の虹 - 五能線代行バス 深浦-弘前 -

更新日2012/03/15



五能線に沿うように国道101号線があって、バスはそこを走っている。鉄道が役に立たず、バスが頼りになるとは複雑な心境だ。もう鉄道なんかいらない。バスがあればいい。そんな展開になりはしないか。まさにそういう事情で全国のローカル線は廃止され、バスに転換されている。国道101号線は線路の手前の高いところを走っていて、ここなら波を被る心配もない。線路の失敗から学んだようでもある。


線路が冠水していた

バスの車窓から線路が見える。もう雨は穏やかになっているけれど波は高い。なるほど、確かに線路が水を被っているところもある。悔しいがこれでは列車は走れない。水が引いて、点検して、犬釘を打ち、ボルトを締め、砂利を固めなければ、列車は転覆するかもしれない。幸か不幸か千畳敷も見えた。良い経験をしたとあきらめるしかない。


千畳敷付近。列車から見たかった

雨が上がり、海の色が青くなった。バスが鰺ヶ沢駅前に到着する。14時51分。ここでトイレ休憩だという。ここからは列車が動くようだけど、すでにリゾートしらかみ3号は発車した後である。次の列車は15時41分の各駅停車で、弘前到着は17時01分。それから弘南鉄道弘南線に乗ると、東京には戻れない。このバスはここから弘前へ短絡すると言うから、このまま乗っていた方がいい。


晴天の鰺ヶ沢駅

弘前に早く着いてほしいから、すぐにでも発車してほしいけれど、バスはなかなか動かない。トイレが混んでいるのだろうか。運命に身をゆだねるしかないけれど、可能なら自分で運転したいくらいである。ここ鰺ヶ沢は、話題のブサカワ(ぶさいくでかわいい)犬の『わさお』が出没する駅として知られているけれど、いまの私にはどうでもいい。わさおなら、さっきウェスパ椿山で見た。キャラメルのパッケージになっていて、お土産にいくつか買った。もうそれでいい。早く発車してほしい。


皮肉な青空である

そんな思いが通じたか、市街地を抜けたとたん、バスは猛スピードで走り出した。こういう話は時効になってから書くべきだと思うけれど、いつが時効かわからないし、現行犯ではないと捕まらないと思うから書いてしまおう。明らかにスピード違反である。それはもう気持ちいいくらいのスピードを出す。大雨ではネズミ取りも出ないと踏んでいるのだろう。

携帯端末のGPS情報で地図を表示させると、国道101号線を離れて県道31号線に入ったようである。この道は鳴沢駅付近で五能線から離れ、南東方向の弘前へ直行する。もう海は見えない。そのかわりリンゴ畑が広がっている。青い紙をかけた実は高級品種、赤い実がむき出しになっている木は加工用だろうか。


バスはリンゴ畑を駆け抜ける

リンゴリンゴリンゴ。ザバーッ。このザバーッは、道路にたまった水をバスのタイヤが踏んだところである。勢いよく水しぶきが上がり、視界をふさぐ。荒れた海をゆく船のようである。私は鳥羽のフェリーを思い出した。海が荒れて、こんな風に何度も水を被った。今日は窓がしぶきを遮ってくれる。しかも海ではないから、まだ安心である。


ウォータースライダーのように舞い上がる水しぶき

アメリカの映画に出てきそうな、起伏のある一本道を走っていく。片側一車線である。軽自動車や小さなトラックが、こちらの気配に気づいてハザードランプをつけた。バスは右車線に出て、スピードを緩めずに追い越していく。運転手さんの気迫のドライブだ。そのうちに、減速しないクルマも追い越し始めた。こちらのスピードは緩まず、小さなクルマは慎重に走っている。簡単に追い越せた。

こうなると面白くなってきた。もう列車ではないから寝てしまおうかと思ったけれど、これは良いイベントである。私もM氏もワクワクしている。かつてはふたりで富士スピードウェイに通った仲。もともと速いクルマは大好きである。『スピード』という映画を思い出す。バスに爆弾が仕掛けられて、速度を緩めたら爆発するという話だった。


岩木山も姿を見せる

空が明るくなり、岩木山の山裾が見えてきた。リンゴ畑の地域が終わり、その向こうの林が途切れると水田が広がっている。そろそろ弘前市郊外らしい。そのとき、虹が見えた。地面から立ち上がり、地面に落ちる。大地にそびえ立つ半円の虹。これは珍しい風景だ。サーキットで言えばダンロップのタイヤアーチ。まるでバスの運転士の健闘を称えるようではないか。


見事な虹。バスの乗客が盛り上がる

虹は人を無邪気にさせる。ほかの乗客も気づいたようで、車内がざわめく。ちょうどいいタイミングだろう。約1時間半のバス旅にちょっと飽きてきたところ。眠っている同行者をたたき起こす老婦人もいる。そろそろ弘前に着くから、起こされた方も不満はない。むしろ知らせてもらって喜んでいる。

さて、私たちは弘前駅を16時ちょうどに発車する電車に乗りたい。現在は15時40分になろうとしていた。間に合うか。いまどこか。携帯端末の地図を表示し、GPSの現在位置から弘前駅へ経路検索してみる。クルマで10分と出た。ギリギリである。間に合うか。間に合ってくれ。そんな私の祈りが通じたか、弘前の駅舎が見えてきた。16時05分前だった。


弘前駅ロータリーに滑り込んだ。5分前

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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