第463回:後悔あとに去らず - 三江線 浜原~三次 -
浜原着07時46分。ここでニ度めの列車交換である。浜原は三江線を二分する駅だ。江津からも、三次からも浜原止まりの列車がある。そう書くと主要駅のようだが、三次方面は1日4本。なんと、この列車の次の三次行きは17時01分。9時間以上も列車がない。
浜原駅の構内は長い
貨物輸送の名残か栄華の跡か
江津方面も1日5本しかなく、次は昼前に1本、途中の石見川本行きがある。石見川本駅で1時間40分も待つと、ようやく江津行きが発車する。たぶん車両は同じで、運転士の昼休憩のために停まるようなものであろう。
三江線は江津から浜原までの延伸に7年を要した。しかし三次方面の開通は38年後である。その間、江津と浜原の間は三江北線と呼ばれていた。それでも三江線は全通したからいい。福井県と岐阜県を結ぶ計画の越美北線と越美南線はつながらないまま、越美南線は長良川鉄道になった。北海道の興浜北線と興浜南線はつながらないまま廃止された。
赤い瓦屋根の家が多い。石州瓦といって、日本三大瓦のひとつ
江津市は石州瓦利用促進事業を実施している
浜原駅の南、江の川の上流に浜原ダムがある。中国電力が初めて自社で建設した発電用のダムで、1951年に着手され、1953年に完成した。その頃には三江北線は浜原に通じていたから、貨物列車が資材輸送で貢献したかもしれない。浜原ダムは細長いダム湖によって広大な流域から水を集め、分水嶺をまたいで放水するという。ダム湖はアユ釣りの名所というが、この列車に釣り客はいない。2010年の1日平均乗車人数はたった7人。
ダムの主要施設はここにはないので、付近の民家からの通勤通学客だろうか。レジャー客もダムの職員も車を使うのだろう。県立自然公園となっているダム湖を見られるかと思ったら、線路は左へ離れてトンネルに入った。やっとスピードが上がる。38年後の技術で敷設された高規格な線路である。この線路は江の川の支流に沿って小さな集落へ向かい、沢谷駅に停車。こんどは長いトンネルを通りぬけて浜原ダムに合流する。
江の川の穏やかさ。じつは細長いダム湖
そこに潮駅があり、発電所がある。発電所があっても、資料によれば1日平均乗車人員はたった一人。そんな潮駅で一人降りて、一人乗ってきた。この人がいなくなったら駅は不要になってしまうだろうか。いや、平均値だから、平日は二人くらいいて、週末はゼロ、という勘定かもしれなかった。次の石見松原の乗降客はなし。その次の石見都賀からワイシャツ姿の男性が乗った。どんな仕事だろう。
人のいないロングシートは寝そべりたくなる
車内が寒いので尿意を催す。この列車で二度目である。血糖値が高かった頃は頻尿状態だったから、これでもかなり良くなった。たった1両のディーゼルカーにトイレがあって助かる。が、このトイレはタイミングが悪かった。高規格の線路だからか、速度が上がると揺れが収まる。トンネルに入ったこともあり、この隙にとトイレに入ると、列車はたちまち速度を落としてどこかの駅に停まった。
用を足して外に出ると同時に走り出す。あっ、しまった。ここは三江線の名物駅、宇都井であった。高い高架橋の途中にあり、ホームは地上から20メートルもある。1日上下10本の列車しかないから、エスカレーターもエレベータもない。100段以上の階段を上下する必要がある。
慌てて撮った宇都井駅
こういう駅は降りて楽しみたいけれど、降りたら次は9時間後である。せめて車窓からじっくり眺めておきたい。窓のないトイレに入る場合ではなかった。慌てて座席に置いたカメラを拾い、後方に去っていく駅を眺め、撮ろうとしたらトンネルに入ってしまった。三江線に乗って、この駅を見過ごすとは間抜けすぎる。用を足してホッとしたと思ったら、もう落ち込んだ。三江線と私の将来を思うと、残念ながら、再訪する可能性は極めて低い駅であった。
新しい線路はトンネルばかりである。口羽駅で二人の子供を伴ったおばちゃんが乗った。ゲンジボタル群生地の看板がある。豊かな自然が残された土地柄である。人がいないから自然が残る。夏休みに遊びに来た孫たちを、おばあさんは三次へ連れて行くのだろうか。もしかしたら、ホタルを捕まえる網やカゴを買いに行くのかもしれない。
こちら側も民家は川の向こう
口羽には除雪用のモーターカーが置いてあった。一人か二人しか乗らない駅ばかりだが、除雪して列車を走らせている。ただし、昔のように除雪車を定期的に走らせるわけではない。JR西日本のWebサイトを見れば、除雪作業日は列車を運休している。線路封鎖といって、走らせる区間には列車を入れない。モーターカーは列車ではなく作業機械だからだという。いっそすべての列車の先頭にラッセル車をつないではどうか。1日10本の区間でも、使い回せば1台で済みそうだ。もっとも、できるくらいならすでにやっているだろう。
列車はまたノロノロ運転になった。口羽は三江南線の終点だった駅で、つまりは新旧線路の境界であった。トンネルはなくなり、列車は川の右へ左へと鉄橋を渡る。岸に取り付きながら、蒸気機関車が走りやすい程度の勾配を作った。そんな様子をうかがわせる線路である。式敷でおばちゃんが3人乗った。そうか、もう三次市の経済圏だ。
三次駅に近づく。空が広くなる
険しい道程も穏やかになると眠くなってくる。せっかくトンネルがなくなって景色が見えるというのに悔しい。昨日、どこかでミントガムを買い込めばよかった。なんだか悔しいことだらけの旅である。スピードが遅いと、その悔しさが吹き飛ばされず、ねっとりと付いて来る。
三次駅到着
3時間20分を完走した気動車
-…つづく
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