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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第465回:片道5分の宇宙 - スカイレールサービスみどり坂線 -

更新日2013/04/04


広島駅の前回の訪問は2003年11月であった。広島市電を踏破し、廃止間際の可部線で三段峡に向かった。それから8年半ぶりの広島である。山陽本線の上り白市駅行きの電車に乗った。一番後ろの車両に乗ったら、発車間際に通箱が積み込まれた。通信袋が並んでいて、それを添乗員が各駅の駅員に渡していく。業務連絡事項である。いまどき、電子メールで用が済まない書類とはどんなものだろう。

次に目指す駅は瀬野である。ターゲットはスカイレールというユニークな乗り物だ。懸垂式モノレールのような線路と、ロープウェーのゴンドラのような車両で運行されている。しかし観光用ではなく、瀬野駅と住宅地を結ぶ生活路線という。スカイレールは鉄道事業法に基づく乗り物だから、全国の達道に乗る目的を果たすためには乗らねばならぬ。しかしそんな義務感などなくても、充分に楽しそうな乗り物である。


瀬野駅に近づくとスカイレールの線路が見える

瀬野駅に到着直前、左手の車窓に高架構造物が見えた。あれがスカイレールの線路である。なるほどアレか、ついに乗れるぞと気持ちがはやる。橋上式の駅の改札を通りぬければ、そのまま通路がスカイレールの駅につながっている。しかし列車……は発車したばかり。日中は15分間隔、1時間に4本である。そこだけは観光地に似ている。

15分間を使って瀬野駅の反対側へ出た。駅舎の写真を撮影するためだ。この駅舎の写真が本当に必要かといえばそうではない。特長や由来のある駅舎ではないし、暇つぶしのひとつに過ぎない。そんな気持ちでいたところに、赤い電気機関車が通りすぎた。反射的に写真を撮る。EF67形電気機関車で、こちらは珍しい。全国でもここにしかいない機関車である。


瀬野駅をEF67が通過していく

瀬野駅と、東側の八本松駅の間は山陽本線の難所。大山峠を越える急勾配区間である。迂回ルートを作るより、蒸気機関車を重連にしてでも最短ルートを選択したという。その背景には軍部の要請があり、艦砲射撃を避けたいとか、物資輸送を最短にするためなどと言われている。

鉄道員はこの特殊な場所をセノハチと呼び、両駅で補助機関車を連結、開放している。その補機専用の電気機関車がEF67だ。直流専用ながら、真っ赤な車体の運転台下に、警戒色の黄色い飾り帯をつけている。

EF67は他の直流機関車からの改造で誕生し、初期型は改造から20年が経過している。その老朽化と、さらなる重量級貨物列車に対応させるため、JR貨物はEF210形300番台という後継車の製造を決めた。EF67はいずれ引退である。その意味でも貴重な場面に遭遇できた。


ここから見るとロープウェイのゴンドラ

スカイレールの窓口に戻り、きっぷを買おうとしたら、記念乗車券という貼り紙がある。なんの記念かはわからない。開業は1998年で今年は14年目。節目とは考えにくい。しかし、終点までの片道きっぷ2枚が入っていて、料金も通常と変わらないから記念乗車券を買った。台紙に収まったきっぷの写真を撮って、さっそく1枚を自動改札機に通す。帰りもきっぷを使って、台紙のみ記念に持ち帰る。なるほど、来訪記念乗車券である。

ほかに1,000円でパンフレットを販売している。買ってみたけれど、紙を2枚重ねてホチキス留め。内容はイラストを使った機構紹介であった。おそらく、分譲地の説明会で配布したパンフレットだ。この1,000円はどうかと思う。冷やかし気分で生活空間に踏み込むという後ろめたさから買ってしまったものの、むしろキーホルダーくらい作って売ってくれたほうがいいと思う。


室内は約3畳

ホームに上がるとゴンドラが待機している。ホーム側の窓に雨滴が付いている。反対側は濡れていない。高架レールが傘のように雨を遮っているのだろう。室内は椅子は八つ。広さは3畳くらいか。これで定員は25名とある。まさしく観光地のロープウェーのゴンドラだ。しかし新交通システムであり、無人運転である。鉄道というより、真横に動くエレベーターのような、静かで気楽な装置だ。自動放送が流れ、自動ドアが閉まると、ゴンドラがぐいっと加速した。事前に得た知識によれば、ゴンドラの上に車輪があり、それが懸垂式モノレールのごとく高架線路の上に乗っている。モノレールとは違って、車両に動力がない。線路上には一定の速度でワイヤーロープが流れており、車両はそのワイヤーロープをつかんで動く。


走行駆動部を見るロープというよりギアチェーンのよう

ただし、いきなりワイヤーロープをつかむと衝撃が大きい。乗り心地は悪くなるし、機器の負担になる。そこで、停止状態のゴンドラをリニアモーターで加速して、ロープと相対速度を一致させたところで推進力の引き継ぎを行う。すごい。発車というより射出である。ガンダムの世界である。もはや宇宙空間用の乗り物ではないか。

そんなハイテクな乗り物に、ぶたんはスーツ姿のビジネスマンや病院通いの年寄りや、通学の子どもたちが乗っている。この時間は私だけかと思ったら、発車間際に家族連れが乗り込んで椅子が埋まった。彼ら住民にとって、システムはどうでもいい問題である。しかし私は小型宇宙船気分で射出され、空中の移動を楽しんだ。車窓をカメラで撮っているけれど、同室の人々は気にしていないようだ。私のような見物客は珍しくないのだろう。


住宅街へ向かう線路住宅街へ向かう線路

瀬野駅に隣接した駅は「みどり口」という名で、終点の駅は「みどり中央」だ。いかにもニュータウンらしい名前である。所要時間は5分。途中に「みどり中街」という駅がある。つまり片道につき射出体験は2回もあって、オトクなアトラクションである。いやアトラクションではない。地元の人々にとっては、丘の上のニュータウンと麓の駅を結ぶ日常の足なのだ。

ニュータウン行きの乗り物だから、「みどり中街」も「みどり中央」も付近は住宅地である。終点の改札を出ると、そこから続くように並木道が伸びており、その両側は戸建の住まいが並ぶ。駅前にはコンビニもレストランもない。ここから見えないところに隠しているか、あるいは静寂な環境を重んじているのだろうか。


ゴンドラこと200形車両

線路の真下を少し歩いた。さすがに高架線路の真下は分譲されておらず、公園や遊歩道、駐車場区画になっている。見上げれば15分ごとに青いゴンドラが行き交う。閑静な住宅地では、見物もほどほどにしておかないと不審者と思われる。

みどり中央から帰りのゴンドラに乗った。こんどは私一人であった。ここは中国山地の裾野で、正面は標高711mの鉾取山で、ハイキングコースとして親しまれているという。ゴンドラはその手前の谷へ降りていく。下り方向の射出はちょっとスリルがある。やっぱりアトラクションではないか。毎日、アトラクションに乗って通勤通学。楽しい街ではないか。すれ違うゴンドラに、ビデオカメラを回すお父さんがいた。乗りに来るという人は少なくないようだ。


みどり中央駅

しかし、基本は生活路線である。観光地として宣伝するわけにはいかない。住民の足が使命だから、儲けようという気持ちは持たなくていい。それにしてもこの乗り物の未来感は楽しい。ちょっと住みたくなってきた。分譲地のほうのパンフレットを貰えばよかった。


下りのほうがスリリングで面白い

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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