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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第658回:社殿駅の市民市場 - 一畑電車・大社駅 -

更新日2018/04/05


三江線に乗れず、新見発西出雲行き長距離鈍行で出雲市にたどり着いた翌日。今日は午後から雲南市役所で打ち合わせだ。いや、もともと今回の目的は打ち合わせであり、長い寄り道をしていたわけだ。昨日、芸備線が土砂崩れで不通になって、経路を変更するとFacebookに投稿したら、雲南市役所さんが無事に出雲市へ帰れるか心配してくださった。クルマで救出してくださるという話もあり恐縮した。でも大丈夫。出雲市には無事到着。投宿したらすぐに眠りにつき、爽やかな気持ちで目覚めた。そして、列車と調子に乗って、朝から寄り道の続きをする。

01
朝から寄り道、一畑電車

6時30分にホテルのレストランで朝飯を喰らう。ビュフェスタイルの食べ放題。地元の食材として、出雲そばと竹輪がありがたい。乗り鉄は昼飯時を逃すかもしれないから、ここぞとばかり食いだめをする。7時にチェックアウト。徒歩数分で電鉄出雲市駅に着くと、次の列車は特急スーパーライナー、松江しんじ湖温泉行きだ。1日に1本しかない列車である。珍しい。そして幸先がいい。車両はオレンジ色の1000系。元は東急電鉄1000系の中古品だ。東急池上線や多摩川線で活躍した車両である。乗り込めば懐かしい。走り出せばモーター音も思い出と一致する。

02
京王5000系の観光車両がいた

特急の発車を待つ間、隣の乗り場の電車を見物する。こちらは京王電鉄5000系を改造した観光車両だ。木製のボックスシートに深い緑色のモケット。こっちに乗りたいと思うけれど、先に発車する特急に乗った。ただし、しんじ湖温泉までは行かない。川跡駅で降りて、出雲大社前行きに乗り換える。こちらも5000系だったけれども、車体の色はアイボリーで、京王電鉄時代の様子に近い。ガタゴトと揺られて、10年ぶりに出雲大社前駅に到着した。出雲大社にお参りする。ここで買った縁結びのお守りを女友達に渡したら喜ばれた。うち、一人は縁があって大阪に住む。もう一人も結婚したけれど、残念ながら病気で亡くなった。いずれにしても縁結びの御利益はあった。お礼のお参りである。

03
乗ってみたい……

出雲大社の鳥居のそばに、コーヒーショップのスターバックスができていた。和風の佇まいで、神社との調和に配慮した店構えだ。ここで一服して鋭気を整え、次の目的地へと歩く。出雲大社前駅を素通りして、さらに南へ。10年前に行きそびれた場所。旧国鉄大社線の大社駅だ。廃線になった後も、立派な駅舎だけは残っている。ゆるい下り坂をのんびり歩いて、10分もかからない。速歩なら5分くらいだろうか。こんなに便利なところに駅があったけれど、大社線は廃止されてしまった。

04
川跡から出雲大社前まではこの電車

大社線は1912年に官営鉄道が開業した。現在の出雲市駅から分岐し、ここ大社駅までの7.5km。中間駅は二つ。出雲大社への参詣路線として作られ、東京、名古屋、大阪から直通列車もあった。しかし、乗客数の減少に伴って長距離列車の乗り入れはなくなり、単純往復の列車が1日数往復まで減便された。国鉄改革が進む中で、1986年に第3次廃止対象路線に指定され、いったんJR西日本に継承されたものの、1990年に廃止された。私が社会人になり、仕事を覚え、やりがいを持ち始めた頃だった。鉄道を気にかけず、よそ見している間に消えた。

05
出雲大社前駅にはデハニがいた
映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』に出てきた電車だ

第3次廃止対象路線は12路線あり、営業成績も深刻ではなく、第三セクターに継承される事例も多かった。その油断もあったかもしれない。廃止、バス転換は大社線、鍜冶屋線、宮田線のみ。悔やみきれない。とくに大社線の大社駅は立派な社殿作りの駅舎が有名で、現役時代に訪れたかった。今日はせめて駅舎だけでも拝みたい。

06
映画の冒頭シーンを思い出す

片側1車線の県道161号線を歩いて行くと、旧大社駅という看板があった。名所旧跡を示す看板だ。大社駅は国の重要文化財に指定されている。横丁をひょいと曲がれば、広場の向こうに荘厳な社殿作りが現れる。こりゃすごいな、と声に出してしまうほどだ。まるで神社そのもの。鳥居が足りないとさえ思う。あの出雲大社の参詣のための駅。開業当時の駅舎が手狭になって建て替えたと言うから、官営鉄道が気合いを入れて建築したのだろう。和風の建築ではあるけれども、駅舎としての空間を確保するために、屋根裏は西洋建築のトラス構造を取り入れたという。

07
出雲大社。撮影はここまで

改札口は広い。大勢の団体客を通すためだ。当時の出雲大社参詣の賑わいを示している。駅舎内は地元の人々が集っているようで、見学はひとまず遠慮してホームに入った。ほう、広い。駅舎だけではなく、2面3線のプラットホームも残っている。駅舎側が対向式、線路2本を挟んだ向こう側が島式。どちらも長く、幅広く。大勢の観光客に対応した作りだ。寝殿造りの立派な駅舎と釣り合っている。

08
旧国鉄大社駅 威厳を感じる社殿作り

その島式プラットホームに蒸気機関車が保存されていた。D51形774号機。製造時の配属は国府津機関区、後に新鶴見機関区。関東の電化後は、福知山、新見、浜田と地方に追いやられ、山陰本線で活躍した。本州を最後に走った機関車だという。引退後は出雲大社の苑内に展示され、2001年にこの大社駅に移設された。車体はずいぶん錆が増えており、やや痛々しい姿である。それでも子どもたちには人気のようで、先ほどから父子が運転台によじ登り、降りてこない。その様子をしばらく眺めて、頃合いを見て写真を撮り、駅舎に戻った。

09
駅舎内の空間は広い

駅舎内部は当時のまま残されているようで、出札窓口や駅事務室、臨時出札口が当時をしのばせる。天井の高い社殿作りだから、出札窓口はおみくじや御札をいただけそうな風合いだ。ガラスの向こうを覗くと、制服を展示しているし、さっきまで誰かが仕事をしていたような、そう、休日の会社のような錯覚にも陥る。待合室だったと思わしき場所は開放されていた。閉塞タブレット関係の機械があり、ガラスのショーケースの中には保線用品などが展示されている。

10
改札口も団体対応。往時の賑わいをしのぶ

展示品をじっくり見ようと思ったけれど、閉塞器の帽子や鞄、ショーケースの回りに野菜や漬物のカゴがある。そこに集う人たちもお茶を飲んで井戸端会議だ。軽自動車で売り物を持ち込み、市民市場を開催しているとのこと。大社駅はお飾りではない。いまも市民の駅として役立っている。見学するには落ち着かないけれど、これはこれでおもしろい。廃線になっても駅は生きている。いいじゃないか。

11
さび付きかけた蒸気機関車。D51

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
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