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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第511回:夢やすらぎ号、高架橋を行く - 井原鉄道 清音~小田 -

更新日2014/05/08


岡山駅に黄色い通勤電車が行き交う。JR西日本が電車の塗装基準を改めて、地域ごとに統一色を定めた。山陽地区は黄色になった。この色は鉄道ファンの賛否が分かれているらしい。薄暗い駅構内では黄色が目立ち、電車の存在感が増している。かつて京阪神区間で新快速として華々しくデビューした117系電車も黄色。流線型を意識したデザインが、ほっぺたを膨らませた顔に見える。アクセントに濃い色、たとえば紺色の帯を腰に巻いたら引き締まるだろう。


黄色い117系はオタフク顔

岡山駅08時20分発の山陽本線下り、伯備線直通電車に乗った。黄色ではなかった。宇野線と同じ213系で、銀色車体に青帯である。一色塗装は電車の塗装費用削減が目的だから、もともと塗装費がかからないステンレス車体は変更しないようだ。

それにしても、通勤時間帯にさしかかると旅の気分が冷める。駅も電車も旅人にかまってくれない。大きめの鞄を抱えた旅人が日常に紛れ込むと肩身が狭い。しかし悪いことばかりではない。この時間は列車の運行が多いから、乗り継ぎの効率が良い。電車は倉敷駅から伯備線に入り、08時45分に清音駅着。3分の接続で井原鉄道の列車に乗り継ぐ。


伯備線へ、ふたたび213系

伯備線も井原鉄道も、日中の普通列車は1時間に1本である。たった3分の接続はこの時間だけだ。清音駅には駅員のおばちゃんがいて、井原鉄道の切符を売っている。小田駅までの切符を求めた。コンビニのレシートのような切符で、端が赤い。
「あら、きっぷがのうなったわ」と、おばちゃんが言う。

井原鉄道の気動車は海老茶色の1両単行だ。ヘッドマークに夢やすらぎ号と書いてある。水戸岡鋭治氏がデザインした車両で、内装に木材をたくさん使っている。デビューした当時は和風のくつろぎ空間をアピールしていた記憶がある。凡庸な一般車ではなく、特別な車両に乗れてうれしい。なんだかトンカツが出てきそうな座席だ。腹が減った。この車両はイベント専用と聞いたことがある。トンカツ列車を走らせたらいいと思う。そうだ、婚活トンカツ列車なんてどうだろう。……空腹のせいか妄想がはかどる。


普通列車に“夢やすらぎ号”という幸運

井原鉄道井原線は伯備線の総社駅と福塩線の神辺駅を結ぶ。井原線は清音から西へ向かう路線で、山陽本線の北側に平行し、中国山地の南、東西の谷間を通っている。路線距離は41.7km。総社と清音の間はJR西日本の伯備線と共用しているから、私は総社の手前の清音で乗り換えた。

夢やすらぎ号は伯備線と分かれると、高梁川という一級河川を渡り、そのまま高架区間を走る。非電化区間だから架線柱もなく、良い眺望である。速度も高い。単線のローカル線にしておくにはもったいない線路だ。もっとも、風景の中に民家は少ない。沿線の主要都市は終点寄りの井原市だ。人口4万2,000人。岡山県の西の端で、どちらかというと広島県福山市との結びつきが強いらしい。中国山地から流れ、高梁川に注ぐ小田川を水源とした農業地帯という。小田川沿いに集落が生まれ、街道が作られた。井原線も小田川に沿っている。


室内は和風空間

ふたつ目の駅は“きびのまきび”。語呂合わせのようで、ひらがなの並びが楽しそうだ。吉備真備と書く。奈良時代に遣唐使となった人物の名に由来するという。お客さんが運転士のそばのドアから乗ろうとしたら、運転士が語気荒く、「後ろから後ろから、しぇいりけん取って」と怒鳴っている。地元の人ではないか、鉄道に不慣れな客のようだ。それにしても運転士の態度はあんまりだ。もしかしたら、この地域にとってふだんの言葉遣いだろうか。

井原線は井原市の東西の交通というより、山陽本線の二重化として作られたような感がある。姫路から岡山、広島にかけては、山陽本線に平行して、海側または山側に国鉄路線が建設されている。旧山陽道に沿って山陽鉄道、現在の山陽本線が作られた。しかし山岳部は避けて平坦な方向へ迂回した。その後、旧山陽道沿いに新たな線路が建設された。


高架と築堤の区間が多く見晴らしが良い

井原線は国鉄の路線として計画され、鉄建公団が建設した。しかし国鉄の赤字を理由に建設を中断。それを地元が第三セクターとして引き受けて開通させた。歴史的に見ても、この地域の鉄道の要望は高く、井原線の建設以前には地元資本による軽便鉄道網があった。これから私が訪ねるところは、その軽便鉄道の遺構である。井原鉄道の小田駅が最も近いけれど、徒歩で行ける距離ではなく、バス、またはレンタサイクルを使う。今日の行程は時間が読めないという理由がそこにある。


楽しげな駅名標。しかし階段のみのアクセスはお年寄りには辛い

国鉄末期の新規建設路線は高規格で、井原線も高架区間が多い。山陽本線の輸送量が飽和したときに、貨物列車を迂回させる意図があったか。そんな線路をたった1両か2両の気動車が行き交う。アンバランスな気がするけれど、地域の重要な交通手段となっている。ただし、この高架区間は乗客には優しくない。駅も高い位置になるから、長い階段を上下する必要がある。

トンネルをふたつ越えて矢掛駅着。ここは宿場町として歴史がある。大名行列の本陣が構えられ、それが矢掛の地名に由来すると思われる。現在の人口は1万5,000人ほど。かつてこの地には井笠鉄道という軽便鉄道の起点があり、西南へ進んで山陽本線の笠岡駅、福塩線の神辺駅と結んでいた。井原線の計画が持ち上がると、井笠鉄道は重複するルートの線路用地を国に譲渡して路線を縮小する。その後、鉄道路線をすべて廃止して、バス事業のみ存続させた。


普通列車はこんな色

そのバス路線も経営不振により事業を停止。会社は破産整理となった。これが今回の旅のきっかけとなった。井笠鉄道は旧新山駅駅舎を軽便鉄道記念館として保有している。いつか井原鉄道に乗る機会があったら立ち寄ろうと思っていた施設であった。しかし、井笠鉄道の精算によって存続が危ぶまれた。すでに土地は管財人の手に渡っているという。

3月上旬に三重県を旅して、2週間しか経っていない。もうすこし間を開けたいところだけれど、そうも言っていられない。その理由が井笠鉄道記念館の存続問題であった。会計年度が替わると悪い方向へ進みそうだから、年度内の3月中に訪問したかった。

東京から岡山県笠岡市まで、日帰りでは余裕がない。岡山あたりで前泊しようか。まてよ、岡山で前泊するなら宇野線に乗りたいし、宇高航路に乗ってみたい。そうだ、琴電を踏破しよう。それならサンライズ瀬戸で出発だ……となった。

夢やすらぎ号に乗って約30分。小田駅に09時16分着。ここも築堤の上の駅である。さて、ここからバスか自転車か。快晴だから自転車も楽しそう。しかし気温は高く、かなり汗をかきそうでもある。携帯端末の地図は道路の起伏まで示してくれない。さて、どうしよう。目的地の方向さえもからないけれど、とりあえず見晴らしの良いホーム上で背筋を伸ばし、深呼吸する。


小田川のそばの小田駅で降りる

…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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