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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第470回:朝の貨物線乗車体験 - 山陽東海道夜行2 -

更新日2013/05/09


身体は疲れている。しかし深く眠れない。この状態はつらい。眠ったというより、寝返りをうったり瞑想している間に、ときどき気を失った。ノビノビ座席は丁寧にひとつひとつ窓が設けられているけれど、深夜だから街の灯も減っている。景色は暗い。

そもそも寝そべった姿勢で、この窓は眺めづらい。うつ伏せに横たわり、手を組んで顎を乗せる。あれ、苦しくないぞ、と思う。太っていると内臓脂肪が身体に食い込んで肺や臓器を圧迫する。減量に成功したら、それがなくなった。そんな事を気づかせてくれるノビノビ座席であった。


鮮やかなグラデーション

数えきれないくらいの寝返りのあと、ふと窓を見れば明るくなっている。漆黒からコバルトブルーへ、そして少しずつ赤みが加わっていく。夜行列車の車窓の楽しみは、この夜明けの風景である。陽の昇る東へ向かう列車だからか、色の変わりが少しばかり早い気がする。

空が自然の色味の変化を見せる中で、人工的な白い光がいくつも真横に飛んでいった。駅名標は読めなかった。オレンジの帯だった。まだJR東海の管轄である。時計は05時02分。東京まであと2時間となった。そこからぼんやりと車窓を眺め続ける。これはこれで至福の時ではある。熱海に停車。ホームの発車案内に「サンライズ瀬戸・出雲 05:45」と表示されている。


熱海駅。発車案内の絵がかわいい

今日の日の出は05時11分。空はすっかり明るくなっている。サンライズという列車に乗ったからには太陽を拝みたい。列車は6時ちょうどに根府川付近を通過した。東海道本線のオーシャンビュースポット。初日の出列車も通るところ。ギラギラと輝く太陽がいた。海面に波動砲のような光の帯が伸びている。今日も地球を焼きつくすぞと言わんばかり。残暑の一日を予感させる。

ここから先は何度も乗った東海道本線である。お馴染みの景色だなと思いつつ、どこか違和感がある。線路の向こうにホームがある。あれは東海道本線の国府津駅だ。でもこちらの線路にはホームがなかった。この線路はなんだ。そうか、貨物線だ。サンライズは東海道本線の貨物線のほうを走っていた。どこからだろう。小田原を通過した時は気が付かなかった。


根府川付近

サンライズの東京着は07時08分。東京付近のラッシュアワーを避けて早めに着くわけだ。しかし、小田原あたりから東京へ向かう通勤列車のピークタイムは、サンライズの進路に重なる。そこでサンライズを貨物線に入れてしまう。このおかげで、サンライズは二宮と大磯の間で、走行中に各駅停車を追い越していく。柔軟かつ大胆な線路の使い方だ。

ダイヤを見ると、先行の各駅停車が国府津で退避すればいいような気もするけれど、そうすると国府津から平塚まで、列車の間隔が開きすぎるようだ。また、貨物線走行はサンライズだけの特例ではなく、湘南ライナーなども使っている。茅ヶ崎駅にはそのために、わざわざ貨物線にホームを設置しているくらいである。


国府津駅を貨物線で通過

サンライズはその茅ヶ崎で貨物線から旅客線に移った。このまま貨物線を走っても……と思うけれど、貨物線は戸塚から東海道本線を離れてしまい、羽沢へ迂回して鶴見に出るから、横浜駅に停車できなくなる。営業上は横浜駅を無視できないから、東海道本線に復帰する必要があるようだ。サンライズのほうが速いから、ラッシュの波を追い越してしまえば、茅ヶ崎から東京までは空いている。

ただし、人身事故で通勤列車群のダイヤが乱れたり、サンライズが遅れた場合は、そのまま貨物線を走行し羽沢を経由する。鶴見に出ても東海道本線に復帰せず、新横須賀線の線路を走る。これは私も西大井駅付近で見かけた事があった。そしてサンライズは品川に着くと、やっと渡り線を使って東海道本線のホームに復帰。ただし、そこで打ち切りになるという。

今日のサンライズは順調だから茅ヶ崎で旅客線に復帰した。鉄道ファンとしては珍しい体験をしてみたいから、これは嬉しい反面、ちょっと残念でもある。

車窓に車両基地が見えた。鎌倉車両センターである。横須賀線の電車を収容するほか、成田エクスプレスの検査も担当する。通勤ラッシュに備えて、出庫線で銀色の電車が待機していた。ほどなく大船駅を通過。各駅停車を追い越した。サンライズは熱海から横浜までノンストップ。特急らしい堂々たる通過駅数である。


多摩川を越えて都内へ

目覚めた人が多く、車内が少しざわついてきた。親子4人でノビノビ座席を利用している家族がいた。大人が隣同士で確保すれば、ちょっとした広さの座敷になって、こどもが寝る余裕もできる。敷物も持参していた。ノビノビ座席を使い慣れた人のようであった。


ノビノビ座席の宴のあと

サンライズは多摩川鉄橋を渡った。遠くに京浜急行の赤い電車が見える。あちらもラッシュアワーの始まりだ。サンライズは通勤ラッシュの露払いのように走り、定刻通り東京駅に到着した。通勤ラッシュ前のひととき、寝台車は乗客をすべて降ろすと、長旅の余韻に浸る暇もなく折り返していった。


降車後、すぐにヘッドライトがテールランプに切り替わった

私はホームで冷たい缶コーヒーを飲んだ。寝不足のはずだが、朝日を浴びたせいか眠気はない。京浜東北線に乗り換えて、今きた線路を南へ向かう。品川駅に着く手前で、車庫に佇むサンライズが見えた。あの285系電車は今夜の出発まで、あの位置で待機するのであった。


車両基地に佇む285系

第470回の行程地図

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2012年08月26-29日の新規乗車線区
JR:521.5Km
私鉄: 1.3Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):19,754.7Km (87.79%)
私鉄: 5,868.0km (82.94%)

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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デジタル時事放談
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■鉄道ニュース(レポーター)
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ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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