第471回:LCCで札幌へ - 京成バス成田シャトル・エアアジア8521便 -
LCCの時代が来た。アジアで隆盛を極めた格安航空会社が日本に参入し、日本航空や全日空と提携して日本国内線の運行を始めた。東京や大阪から5,000円ほどで北海道や九州へ飛べる時代になった。1970年代に国鉄が「5,000円で軽井沢」とキャンペーンを展開したけれど、いまやその何倍も遠くに行ける。
東京から北海道へ。鉄道好きなら寝台列車で行きたい。しかし、5,000円の航空便も魅力的だ。LCCに乗ってみたい。そこで、夏の青春18きっぷの2回分を北海道に割り当てた。格安航空と青春18きっぷ。相性の良さそうな組み合わせだ。成田からエアアジアで札幌へ、留萌に泊まって翌日は日本最長鈍行で釧路へ。釧路空港はLCCがなく、日本航空にした。往復ともLCCが良かったけれど、これで両者を比較できていいかもしれない。ちなみに、購入時期が遅かったため、エアアジアのチケットは少し高くて6,800円だった。帰りのJALの航空料金は2万1,870円。区間が違うとはいえ、行きの約3倍である。
9月4日の04時に家を出た。エアアジアの始発便は07時45分発。チェックインタイムは1時間も前。これもLCCの特殊なルールのようだ。空港使用料を節約するため、空港の駐機時間を短くして運行回数を増やす。つまりダイヤに余裕がなく、お客さんを急かしたくなる。そういう事情は理解できるけれど、「1時間前集合」はチケットの決済が終わってから表示されたので慌てた。大田区から成田空港へ。電車もバスも少なく、06時45分に到着するには、始発電車に乗るしかなかった。
最寄り駅の入口はシャッターが閉まっていた。釣り人と、夜明かしした酔っぱらいと、落ち着き場所に戻ろうとするホームレスと並んで開場を待つ。まったく、都会の朝は混沌として清々しくない。そしてガラガラの通勤電車に揺られつつ、国内線LCCはなぜ成田空港限定かと恨めしく思う。羽田空港ならここから電車で20分ほどであった。しかも、既存の航空会社なら15分前に出発検査場を通過すればいい。LCCは不便でも安さが魅力。そのバランスを考えさせられた。
東京駅八重洲口の成田空港直行バスのりば
東京駅で電車を降りて、八重洲口を出た。ここから成田空港行きのバスに乗る。LCCの就航に合わせて京成バスが運行開始した『東京シャトル』である。運行開始記念キャンペーン価格で500円。今回は安さにこだわろうと思っている。ちなみに東京から成田空港までJRで行くと1,280円だ。しかし私は失敗した。千歳空港駅から青春18きっぷを使うなら、自宅最寄り駅で使用を開始して、成田空港まで電車で行けたのである。格安バスがどんなものか見聞できたから良しとしようか。
小雨に濡れ、ひっそりとした朝の八重洲口。付近には夜のうちに飲食店から吐き出されたゴミ袋が並んでいる。旅のときめきを感じる場所ではないようだ。バスの停留所に並んでいる人がいる。若い人が多い。LCCの利用客だろう。スキーバスのような客層である。ひと昔前の観光バスがやってきてドアを開けた。案内人が立ち、予約者を優先させる。ほとんどが予約者であった。フリーで満席だった場合、次の便は1時間後である。予約が賢明であろう。乗客は22名。
午前6時の成田空港出発ロビー
バスが小雨の東京を離脱する。高速道路から眺める景色。北側にどす黒い雲が垂れ込め、南側に雲の切れ目がある。首都高や京葉道路は路面の継ぎ目が多いけれど、このバスは浮いているような滑らかさ。無停車の走行は快適であり、退屈でもある。早起きできて、空港行きのバスに乗れた。安心してしばらく眠ったらしい。気がつけば成田空港エリアのゲートであった。定刻の5分前、05時55分に成田空港第二ターミナルビル北側、3階の出発ロビーに着いた。
早朝の空港ターミナルビル出発ロビーはひっそりとしている。ここは国際線で、この時間の出発便はないのだろう。成田空港は23時から06時まで離着陸できない。電光掲示板を眺めに行くと、始発便は09時30分のグアム行きだった。3時間半も前なら係員さえいないわけだ。広大な施設を独り占めである。つまらないから国内線の出発手続きをしよう。国内線チェックインカウンターは1階だ。エレベーターで降り、ビルの端まで歩いて行くと、ようやく旅行者たちの姿があった。ただし、チェックイン開始は06時30分。あと30分をどうするか。
エアアジアのチェックインゲート付近は賑やかだった。千歳便の前に福岡便がある
機内持ち込み鞄のサイズと重さを計る道具がある。LCCはこういう作業も自分でやる。搭乗券は自宅でプリントアウト。これらの手続きや荷物預けの手続きをすると、いちいち手数料がかかる。インターネットやパソコンを利用して、自分でなんでもできる人は安く上がり、手間が必要な人は高くなる。そういう人は既存のエアラインの事前割引が安上がりかもしれない。私は手間のかからない客だから、これ以上ここですべきことがない。面倒だがエレベーターで出発ロビーに戻って、さらに展望デッキへ行ってみた。しかし、そこもゲートオープンは06時30分であった。ショップエリアの窓から景色を眺めた。遠くにエアアジアが2機、ジェットスターが1機。
1階に戻り、行列に並んでチェックイン。簡素で、国際空港の高揚感はなく、動物園の入り口のようでもある。ゲートの向こうは屋外の搭乗用バスのりばだ。LCCは空港施設料を節約するため、ブリッジタイプの搭乗ゲートを使わない。沖止めと言って、飛行機はビルから離れたところにあり、搭乗手続き後はバスで飛行機に向かう。出発まで時間があるから、脇の待合室を案内された。これがまた驚かされる。大屋根の下の吹きさらし。倉庫の荷扱い場のような場所に薄い仕切り壁と布の幕で囲いを作り、椅子を並べている。ジュースの自動販売機があって、頭上には大きなプロペラタイプの扇風機が回っていた。9月に入り、早朝で暑さは和らいでいる。しかし、真夏や真冬もこのままだろうか(※)。さすがはLCCである。
展望デッキで暇つぶし。私が乗る飛行機はどれだ
出発案内にしたがって搭乗バスに乗る。旧式で不便で安っぽい沖止め方式も、飛行機好きとしては空港施設を見物できて楽しい。早めに乗ったから運転席の真後ろの座席を確保できた。もっと乗っていたいと思うほどだが、目的の飛行機まで数分もかからなかった。ぎっしりと立っていた客が降りるまで待ち、外に出るとタラップも行列。早朝便で交通機関も限られるというのに、お客さんが多い。やはり安さは魅力なのだろう。行列が落ち着くまで、飛行機の写真を撮る。同様の人が多く、それが搭乗時間のもたつきの原因になっていたかもしれない。
赤い飛行機の形式はエアバスA320型。私の指定席は進行方向右側の窓際、エンジンの真横だ。座席は通路を挟んで三つずつ。航空用語では「3
- 3の6アブレスト」というそうだ。私の隣、通路側と中央は若い女性が座っている。申し訳なく思いつつ、彼女たちの顔の前で尻を通過させた。座ってみると、覚悟したとおりの狭さである。同じ飛行機で、ANAは30列のところ、この飛行機は31列ある。座席を詰めて乗客数を増やす。これも低価格のためである。手を前へ伸ばせない。安全パンフレットにあるような、膝の間に頭を入れる姿勢は無理っぽい。前の座席に捕まって身体を固定させよとある。
飛行機見物は"沖止め"ならではの楽しみ
07時45分出発予定のエアアジア8521便は、定刻より早くタキシングを始めた。乗客が予定より早く全員集合したようだ。飛行機はくねくねと走り回り、いったんB滑走路を横切って側道を北へ進み、B滑走路北側から南へ向かって離陸した。そのまま上昇しつつ直進し、九十九里浜に出ると右に旋回。窓の下に成田空港を見せてくれた。そこからまた上昇を続けて雲に入った。
高度を上げて雲の上に出た
シートベルト着用サインが消えると、さっそく前席が背もたれを倒してきた。かなりの圧迫感である。私の後ろの客は足が長いようで、こちらの背中をつついている。この密着度なら隣の女の子たちと仲良くなれそうだと思ったけれど、中国語で会話していた。残念ながら言葉がわからない。台湾や中国など、アジアの人々が日本で周遊する。LCCはそういう需要も掘り起こしているらしい。
860円の洋食コンボ。1ドリンク付き
ただし、この狭ささえ許容できれば、そんなに悪いフライトではなかった。アテンダントさんたちは、それぞれ異なった髪型でかわいい。制服以外は個性を発揮できるようだ。彼女たちのなかで、もっとも笑顔の良い子が、私の席に機内食を届けてくれた。もちろんこれは別料金で、チケットを予約するときに合わせて注文した。既存の国内線は食事サービスを提供しない路線も多いけれど、エアアジアは注文すれば食事ができる。これはメリットのひとつといえるだろう。洋食で鶏肉のランチボックス。肉も柔らかく、ローストチキン風の味付けで美味い。しかし、この密着度だと、何も食べていない隣の人に申し訳なく思ってしまう。興味があって食べてみたけれど、1時間半のフライトでは不要かもしれなかった。
岩手山を見下ろす
そして下北半島へ
8521便はしばらく雲海の上を飛んだ。高度が安定し、08時10分頃に雲が切れた。海は見えない。東北地方の中心線、奥羽山脈をなぞるように飛んでいる。08時20分頃、窓の下にカルデラを持つ大きな山が見えた。岩手山だ。それからまた地上は雲に覆われ、10分ほどで見えた景色は湖。下北半島の付け根にあたる場所である。それから高度を下げていき、津軽海峡も雲の下。次に見えた陸地は北海道である。大地を見下ろし、左旋回して、北側から新千歳空港に着陸した。時計は08時53分を指している。予定の到着時刻は09時20分だから、30分も早かった。早く着けば日程に余裕ができる。素晴らしいフライトであった。6,800円で北海道。1時間半のフライトなら、ちょっと狭いくらいは許容できる。LCC、いいじゃないか。
千歳空港はボーディングブリッジを使用。羽田には来ない関空拠点のLCCがいた
-…つづく
※エアアジアの成田空港国内線出発待合室は、この旅の翌月、2012年10月にバスラウンジとしてリニューアルされた。
|