第517回:思いがけず帰路のはじまり - 福塩線 備後安田~三次 -
備後安田駅で久しぶりに乗客があった。ホーム1本の簡易な駅だ。しかし留置線がある。きっと除雪車が待機するための線路だろう。ここからまた上り勾配が始まった。吉舎と書いて“きさ”と読む駅で、高校生が10人ほど乗った。1両のディーゼルカーの室内が若々しくなった。前方展望に注目すると、旅客20キロ制限、貨物15制限というという標識もある。貨物列車が走る路線のようだ。ちゃんと陰陽連絡輸送の役に立っているらしい。
低い山と起伏の連続
制限速度が時速60kmまで引き上げられ、気動車は乗客の若さに力を得たように速度を上げる。でもその勢いは10分も続かない。右から芸備線の線路が合流して塩町駅に到着。ここが福塩線の終点である。細い島式ホームが1本。ホームは路線別ではなく、方向別で使われているようだ。ふたつの路線が合流するにしては小さな駅である。お互い単線だから、2本の線路がこの駅で1本にまとまる。それだけの駅であった。
工事中の尾道自動車道
この高さはトンネルを避けた山越えのためかな
福塩線の列車はここから芸備線に乗り入れて三次まで行く。その三好方面から芸備線の列車が到着した。お互いにしばらく停車する。福塩線の乗客が、芸備線の両方向へ行けるように、ここで待ち合わせるダイヤになっていた。塩町の次、神杉でも列車交換があった。今度は福塩線の列車同士のすれ違いである。あの列車に乗れば福山へ戻れる。しかし、三次まで未乗区間である。このまま三次へ行き、芸備線で広島へ出る。東京行きの“のぞみ”も、福山より広島の方が頻度が高い。
塩町駅着 福塩線の終点
2路線が合流するにしては小さな駅
三次のひとつ手前、八次駅で高校生がたくさん降りていく。このあたりから三次市の市街地になっている。三次は広島県北部にあり、中国山地の中核都市である。人口は5万4,000人。自動車のマツダの工場やテストコースがあるという。地図をみると、八次駅から三次駅までの線路の南側に、広大なマツダの敷地がある。三次はマツダの城下町だ。八次で降りた高校生の親たちもマツダ関連の会社で働いているかもしれない。
神杉で福塩線列車同士が交換
三次着16時54分。夕方である。今日中に東京へ帰るつもりで、まだこんな遠いところにいて大丈夫かと思う。もちろん日程では帰れるとわかっている。新幹線のおかげである。それでも旅先の日暮れは心細い気分になる。それが市街地で、夕餉の支度のカレーや焼き魚などの臭いが漂うと、なぜか泣きたくなってしまう。
しかし、まだ旅は終わっていない。しぼんだ気分を奮い立たせる。これから芸備線で広島へ行く。広島がゴールだ。きっと途中で暗くなってしまうだろうと残念に思いつつ、ホームで列車を待つと、なんとなく既視感がある。そういえば去年の夏、三江線で三次に着いた後はどうやって帰っただろう。広島に抜けたっけ。福山に出て三原に行き、呉線に乗ったか。違う。携帯端末に残した旅のメモを見たら、芸備線のみよしライナーに乗り、広島に向かっていた。
昨年から多忙であり、旅が続いた。終わった記録の整理より、新しい旅の日程づくりを優先した。そのせいで乗車記録から芸備線が抜けており、今回また芸備線に乗る予定を立てたという次第。もう少し検討して、芸備線の未乗区間を経由して岡山か神戸に向かうルートにすればよかった。
暗くなってしまって残念だな、と思った路線にはすでに乗っていた。これで景色が見えなくても後悔しないで済む。ひと安心だけど、三次から帰路になってしまった。突然旅が終わった気がする。がっかりである。そして再び夕暮れの淋しさがつのる。にぎやかな都会へ行きたい。いま、広島行きに乗っている数人の客は、みな私と同じ思いではないかと思う。
三次で芸備線に乗り換え
19時08分。広島着。19時32分発の東京行き“のぞみ”に乗りたい。私は急いで改札を出て、あらかじめ調べておいた金券ショップに駆け込んだ。少しでも安いきっぷを使いたいから、帰りは回数券のバラ売りを買う。1万7,000円ちょうど。数パーセントの節約であった。
そして、手元の青春18きっぷを売る。もともと1枚だけ使い、残りは売るつもりだった。7,800円で売れた。購入金額と差し引いて、私が使用した1枚は3,700円に相当する。5枚とも自分で使えば1枚あたり2,300円だから、かなり割高になってしまった。未使用の4枚の売値は1枚あたり1,950円である。これを金券業者は2,100円くらいで売るのだろう。金券ショップの青春18きっぷは、買えばトクで、売ると損だとわかった。
もっとも、JRの規則ではきっぷの譲渡はできないと明記されている。金券ショップのきっぷの取引はグレーゾーンだ。試しに使ってみたけれど、あんまり心地よい気分ではなかった。そもそも、この金券ショップの雰囲気が暗かった。質屋かパチンコ屋の景品引き替え所のようで、なんとなく後ろめたい気分になる。いや、そんな感想はどうでもいい。時間がない。私は金券ショップを振り返ることなく駅に戻り、窓口で指定席を手配した。
夕食の時間である。薬の都合で、7時と19時に食べたい。しかし、駅弁売場の品数は少なかった。広島の駅弁は海鮮ばかり。私の苦手な分野である。店員に、「生物は苦手、魚介でも火が通ればいいんですけど」と言うと、小さなアナゴ巻き寿司をすすめられた。アナゴとウナギはむしろ好物。礼を言いつつ代金を渡し、袋は無用と包みをつかんで改札口を通り抜けた。
これだけでは足りない気がする。車内販売に期待しよう。どうせ車窓は暗い。あとは腹を満たして眠るだけだ。
帰りの新幹線で駅弁のかしわめし
第517回の行程地図
2013年03月18-19日の新規乗車線区
JR:130.8km
私鉄: 65.4km
累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):20,148.5km (89.76%)
私鉄: 6,013.4km (84.91%)
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