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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第475回:お新香巻の具はキュウリ - 留萌 -

更新日2013/06/27


当初の予定では、留萌で降りずに増毛まで乗り、夕刻の増毛の街を2時間ほど散策して、20時過ぎに留萌に戻る。日没ギリギリまで留萌本線を乗り尽くす計画だった。それが土砂崩れのために、夕方の明るい時間に留萌駅で放り出された。ホテルに入って善後策を検討したい。でも、明るい時間だから、少し駅前を散策してみよう。

留萌市は人口2万3000人ほど。駅前通りに人影が見えない。大雨が降ったから、終業時刻を過ぎたばかりだから、あるいは街の中心が駅ではないか。高倉健の映画『駅 STATION』に描かれた留萌は賑やかで、映画館もあった。あの1980年代の面影は、いまの留萌にはなさそうである。駅前自由市場という建物もシャッターが降りている。


ひと気のないメインストリート

自由も閉ざされてしまったかと寂しさを感じつつ、とぼとぼと歩くと観光協会の建物があった。「お勝手屋 萌」という店を併設している。おみやげ屋のようだ。中に入れば客は私一人。店員は二人。過剰接待になりそうである。時間もあるし、ここで土産物などを物色する。留萌は全国一のイクラ加工量だという。カズノコ型の着ぐるみが置いてある。動かない。


おみやげ屋さんを見つけた

棚の配置にゆとりがたっぷりあって、商品の選択肢は少なかった。寂しさが募るけれど、品数は少ないほうが迷わなくてすむ。バラマキ系の菓子を買う。魚を出荷するような木箱を模している。ほかにもいくつか手を出して、会計と同時に発送の手配をする。なにしろ、今朝北海道に着いたばかりである。大きな箱は明日の道中の邪魔になる。


留萌市のゆるキャラ「KAZUMOちゃん」
数の子生産量日本一の町

ホテルは駅から徒歩10分ほど。部屋に入り、まずはテレビを付ける。大雨は過ぎ去ったようだ。しかし、もっとも大雨が降った場所として留萌が紹介されていた。14時頃の留萌は、前が見えないほどの豪雨だったようだ。鉄道については情報がなかった。フロントでノートパソコンを借りた。ふだんは部屋に入れば寝るだけ。しかし今回は時間がある。ネットでも情報を集めてみる。JR北海道の運行情報に留萠本線が運転見合わせと表示されている。しかし、復旧見込みの記述がない。

もう少し時間が経てば状況が変わるかもしれない。私は夕食を求めて外出した。空いている店は少なく、入りやすそうな店は海産物系統ばかり。ようやくラーメン屋を見つけた。最近の流行りの、ちょっと気合が入った感じの店であった。とんこつスープの辛そうな麺を食べる。美味かった。しかし、LCCで食べに来たい、というほどではない。


ホテルで情報収集

腹ごなしに、もう少し散歩してみる。スーパーマーケットを見つけた。日が暮れた店内はお客が少ない。しかし、今日、もっともたくさんの人を見た気がする。飲み物と、夜中のおやつと、なにか珍しいものがないか探してみる。店内の放送に聞き覚えがある。東京でよく行くスーパーと同じ音楽、ナレーションだ。店名は違うけれど、提携しているらしい。留萌という街を、急に身近に感じる。私はふだんの買い物と同じように、プラスチックのカゴを使った。いつものようにレジで軽口を叩きそうな勢いだけど、自制しなくてはいけない。

惣菜コーナーには揚げ物やおにぎり、寿司などが並ぶ。そろそろ半額になる時間である。お新香巻のパックが半額だ。これはいいぞ、と思いつつ、切り口の具材の色がくすんでいた。お新香巻といえば、着色しましたと言わんばかりの黄色いタクアンである。それがこんなにも変色したか、あるいは着色していないか……とよく見たら、これはタクアンではない。成田山のてっぽう漬のような色である。


やけ食いのネギチャーシュー麺

私はレジに行き、この中身は何かと尋ねた。キュウリの奈良漬だという。それは珍しい、この店の名物かと聞くと、こちらではお新香巻といえばキュウリの奈良漬に決っているという。お客さん、どちらからいらしたの、と問われて、東京だと応える。「東京では、というより、少なくとも関東では、お新香巻といえば黄色いタクアンで、ちょっと高級になると、しその葉やゴマが入る」と説明すると驚かれた。こんなところで風習の違いが現れるとは思わなかった。半額のパックで、かなりトクをした気分になった。

ホテルに戻り、テレビのニュースを観る。もう雨のニュースは出てこない。留萠本線の復旧状況も未定のままである。動かなければ仕方ない。明日の予定は、留萌発05時53分の始発列車に乗って深川に戻る。途中にある恵比島駅で途中下車し、駅舎を見物するつもりだ。しかし、もし増毛までの区間が復旧していたら、それは乗りたい。

いや……乗れなくてもいい、という気分も少しある。

増毛駅は、日本全国の鉄道路線に乗って、最後に訪れようとも考えていたからだ。記念すべき最後の駅はどこにすべきか。全線踏破を目ざす乗り鉄なら、一度は考えるはずである。私も、乗車区間がJRの9割、民鉄の8割を超えたあたりから"終着駅"をどこにすべきか考えていた。旅の終わりにふさわしく、行き止まりの終着駅がいい。それも静かな、趣きのある駅。しかし、全国で8割以上も乗ってしまうと、そうした路線はほとんど乗ってしまった。留萌本線と増毛は、そのわずかな候補のひとつであった。

行くべきか、行かざるべきか。いや、そもそも行けるか。

時刻表を調べる。留萌発増毛行きの始発列車は07時05分発。増毛着07時31分。そのまま14分後に折り返すと、深川着が09時09分。これでは普通列車に乗り継げず、滝川発の列車に間に合わない。深川からスーパーカムイに乗れば滝川着09時29分で、滝川発09時37分の予定の列車に間に合う。増毛駅の滞在が14分とは少なすぎる。恵比島駅では降りられない。列車に乗るだけの旅をしているようで、なんだかつまらない。

増毛駅からの始発列車は06時21分だ。これに乗れば行程が1本早くなり、恵比島駅で降りて、次の列車が来るまで散策できる。ただし、留萌から増毛に行く列車はない。タクシーを使うほかない。携帯端末でタクシー料金計算アプリを起動し、留萌から増毛までの料金を調べた。5,500円という見積もりになった。もう一度、乗り直しにくることを考えれば安いと言える。しかし青春18きっぷの旅にとって、5,500円は大金だ。悩みつつ、なんだか悔しいけど、やはりここはタクシーを使おうと決めてベッドに潜り込んた。

どれだけ悩んでも仕方ない。私の決心がどうあろうと、留萌本線が復旧しなければ話にならない。果報は寝て待つとしよう。


留萌の月。明日は運任せ

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

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■著書
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