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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第428回:船から眺める回旋橋 - 天橋立観光船 -

更新日2012/06/28



西舞鶴で折り返す列車は08時36分に発車予定。20分ちょっとの滞在時間をどうしよう。駅舎はガラスと鉄筋コンクリートの立派な作りで、機能美にあふれているけれど面白味に欠ける。観光案内所や土産店もまだ開いていない。小さな舞台をしつらえた祭り屋台が置いてある。江戸時代の娯楽として、こどもによる歌舞伎が演じられたという。


西舞鶴駅

駅前広場を巡ってみる。かなり広く、のんびり一周すると数分かかった。平日の8時過ぎ、東京なら通勤時間帯である。しかし街は静かだ。ここは街の中心というわけではないらしい。駅舎に戻って周辺案内図を探した。舞鶴港は地図の外。400メートルほど歩くと田辺城跡と舞鶴公園がある。徒歩数分と見積もった。今から往復するには時間が足りない。この案内図を先に見ておけばよかった。

それでも数分を持て余す。JRの改札のそばに売店があって、なんとなく覗いてみれば、小さな鶏そぼろ弁当があった。名物駅弁というわけでもなく、コンビニやスーパーで売っている体裁だ。ラベルの価格とカロリー表示をチェックする。250円。425キロカロリー。さっき朝食の代わりにスナック菓子を食べたけど、米粒を食べたくなった。


鶏そぼろ弁当で2回目の朝食

西舞鶴から野田川行きの列車で宮津線を引き返す。同じ道を戻るというルートはあんまり嬉しくない。旅はできるだけ回遊ルートとしたい。新しい景色を踏んでいけば、それはすべて"行き"である。戻れば"帰り"になってしまう。でも、宮津線は景色がいいから苦にならない。それに今回は弁当がある。動く景色を見ながらの食事時間となった。


レトロなデザインのディーゼルカー

これから日本三景の天橋立を見物する。しかし天橋立駅までは行かず、手前の宮津駅で降りた。構内に宮津線の気動車が停まっている。宮津線の列車とは違い、レトロ風な外観である。北近畿タンゴ鉄道にとって、宮津線と宮福線は扱いに違いがあるのかな、と邪推する。そこにタンゴエクスプローラーが入線した。列車名はたんごリレー6号、福知山行きである。福知山で新大阪行き特急こうのとり8号、京都行き特急きのさき8号に接続する。だからリレー号というわけだ。


宮津駅で列車旅を離脱

宮津駅で降りた理由は、ここから天橋立行きの観光船が出るからだ。しかも宮津桟橋発は1日1便だけ、出発は定期便だけど、到着は臨時扱いとなっている。貴重な船便に乗ってみたかった。天橋立名物の回旋橋を通る観光船はこの便だけらしい。駅前の観光地図を確認し、携帯端末の地図を頼りに歩いて行く。途中で宮津城の石垣の跡を通り、ヨットを形どった小さな橋を渡る。


宮津城があったところ

その小さな橋の先に、帆のような屋根の建物がある。みやづ歴史の館というそうで、博物館のようだけどまだ開館していない。隣に公園があって、その向こうは海だ。公園を通り抜ければ桟橋への近道らしい。1日1便とはいえ観光船だし、かつては賑わったはずだからと、宮津桟橋にそれなりの構えを予想していた。しかし大きなショッピングモールの裏手の、まるで駐車場の受付のような小さな小屋だった。


簡素な宮津桟橋

小屋の扉は閉まっていた。扉の隣の出発案内は09時50分のひとつだけ。桟橋の営業時間は09時30分から10時00分とある。あと10分ほどで営業開始となる。しかしここには私しかいない。しばらく待っていると係員のお姉さんが歩いてきて鍵を開けた。さっきまでレジ打ちをしていたような格好である。
「今日はお客さん独りだけだわ」と言う。
彼女は窓口に座ってこちらを待っている。しかし私は乗船券を買わない。フリーきっぷを使うからと告げつつ、なんだか申し訳ない気分になる。

運賃表を見ると、ここから天橋立の対岸の一宮までは810円。そこからケーブルカーとバスを乗り継いで成相寺まで行くと1,880円と書いてある。成相寺から戻って麓に降りて、天橋立から福知山まで列車に乗れば、少しでもフリーきっぷで得になりそうだと安堵する。やがて船が到着し、お姉さんが船員の元へ駆けより、またこちらに戻って「どうぞ」と言った。桟橋を渡った客は私だけだった。


小さな観光船が到着

観光船かもめ1号は19トンで定員80名。小ぶりな船だ。座席は通路を挟んで左右に3席ずつ。それが10列くらいある。そして乗客は私だけ。中央に座れば、左右前方が見渡せる。船は陸地にそっていくから、左は宮津の岸を見て、右は湾を見渡す。その右の風景に陸地が現れる。天橋立は、写真で紹介される砂州の他にもうひとつ、陸地にそって横たわる砂州がある。かもめ1号は、その砂州と陸地の間を進む。海から運河に入るという、変化のある景色。どうして人気がないのだろう。


船室を独り占め

前方に赤い橋が見えてくる。回旋橋といって、中央の橋桁を中心に回転して船を通す仕組みだ。これを船側から見る。遠くから少し見上げる視点のせいか、橋が回るというより短くなったようでもある。後部のデッキに出てしっかり見届ける。橋は通行止めだけど、係員のおじさんがひとりいて、ホイッスルを咥えていた。

船が通り過ぎたあと、まだ橋が伸びて両岸につながった。回旋橋は天橋立の名物であるけれど、船の運行が減っているため、最近は船が通らなくても回して見せているという。本当に船を通すという場面は、今日のこの1回だけかもしれない。やっぱりこの景色は船から見たほうがおもしろい。宮津桟橋が駅から離れているせいだと思うけれど、宮津航路の人気のなさがもったいない。


回旋橋を通過

橋のすぐ先に天橋立桟橋がある。ここからお客さんが乗ってきて、座席のほぼ半分が埋まった。家族連れ、おばさんたちのグループ。ようやく観光地らしくなってきた。ここから先は、天橋立の西側を行く。左舷に内海、右舷に白砂青松の景色が続く。天橋立は遊歩道があり、歩いて渡れる。私も歩こうと思っている。どのくらいの人が歩いているかと眺めたけれど、松の密度が高いせいか人の姿が見えない。船と天橋立は程よい距離感を保っているようだ。

晴れて気候も心地よく、私は再び後部デッキに出た。カモメが船についてくる。船室から娘さんとその母親らしき二人が出てきて、手元から何かを放り投げる。スナック菓子のようだ。そういえば操縦席のそばにカゴがあって、どう見てもスナック菓子だけど「カモメのエサ 100円」と書いてあった。パンくずでもよさそうだけど、エビが入っているからカモメにはごちそうかもしれない。


カモメと戯れる

エサ撒きが始まるとカモメたちの勢いが増す。こんな間近に鳥の羽ばたきを見る機会は少ない。私はカメラを構え、シャッター速度を上げてカモメを撮った。羽で顔が隠れたり、後ろを向いたり。なかなか絵になるような姿を捉えられない。何枚も撮って、あとで良い写真を探してみよう。

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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