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第383回:阪急の南北問題・分断された支線 - 阪急今津線1 -

更新日2011/07/21


京都、西院の用事が終わった。解放された場所は嵐山だった。集まってきたほとんどの人々が嵐電へと引き返す中、私は少し歩いて阪急の嵐山駅へ向かった。理由は単純で、フリーきっぷが使えたから、そして、次の寄り道も阪急の支線めぐりにしようと決めていたからだ。帰路は梅田から発車する夜行バスを予約している。最終的に梅田に戻ればいい。

阪急嵐山線は4年ぶりであった。いくらか改装されたようで、ホームには行灯のような和風の照明が並んでいる。白人のファミリーの奥さんが、その行灯をうっとりと眺めている。「家にも置きたいわ、どこで買えるのかしら」「これはたくさん並んでいるからいいのさ、ウチのガレージには2つくらいしか置けないよ」という会話をしているようだ。


ちょっとだけオシャレになった嵐山駅

嵐山線の電車は6300系を改造した車両だった。京都本線の特急用だった6300系は、特急用任務が終わると支線に転じた。全席転換クロスシートだった内装を、扉付近だけロングシートにしている。扉を増やして通勤型にするよりも、さほど混まない支線に使おうというアイデアだ。これはいい。私はさっそくクロスシートに席をとった。桂駅までの短い間だけど、しっかりと旅の気分である。木造の松尾駅の佇まいはそのままで嬉しい。

京都線で梅田方面へ。ただし梅田へは行かず、手前の十三で神戸本線に乗り換えた。少しでも時間を節約したい。帰りのバスは深夜発だから余裕があるけれど、日没が近づいていた。カメラをオート設定にすると、だんだんシャッター速度が遅くなっていく。次の目的地は西宮北口だ。十三からは普通電車で5つ目の駅である。3つ目の塚口で伊丹線に乗りたいとも思ったけれど、今回は今津線と宝塚線を乗り継いで梅田に戻る。伊丹線は、いずれ飛行機で伊丹空港に降りたら使えるだろう。


今津線の南側は3両編成

阪急今津線は、兵庫県の東側を南北に走る路線である。さらに東側に武庫川が流れており、ほぼ並行している。この西宮北口駅で神戸本線と交差する形になっているけれど、実際は分断されている。今津南線と今津北線と言いたくても、北側に今津という地名はない。南側を今津線、北側を西宮線、あるいは途中駅をとって仁川線としてもよかったか。いや、仁川は韓国の空港都市だから遠慮したほうが良かったか。


路線図も分断?

もっとも、今津線はもともとはつながっていて、神戸本線とは平面交差していた。路面電車でもない鉄道が十字に平面交差するという珍しさで話題となっていたという。これはもともと両者が軌道として作られた名残だと思われる。しかし、神戸本線の運行本数が増え、列車編成数が長くなると、今津線が横切る隙が無くなってしまった。そこで、今津線は南北それぞれの分断運行を余儀なくされ、とうとう線路の交差点は撤去されてしまった。


学校のグラウンドとJR東海道本線の線路

その後、今津線の南側を高架化する計画ができた。地表の神戸本線に対して今津線を高架化すれば、南北直通を再開できるという期待もあった。しかし実際は西宮北口駅の橋上駅舎に阻まれて、駅舎に頭をくっつけた形の終点駅構造になっている。分断時代が長く、直通する乗客の流れが絶えてしまったようだ。もっと高いところを走らせて南北直通を再開させても、採算に見合わないと判断されたというところだろうか。


鉄橋を超えると阪神国道駅

私はまず、今津 "南線" を往復した。たった2駅の路線だ。夕方という時間帯もあって、買い物帰りのオバチャンや帰宅部の女子学生で満員だった。女性専用車かと疑うほどであった。運転席越しに前方を見つめていると、複線の線路がまっすぐ伸びている。途中の阪神国道駅で上り電車とすれ違う。このダイヤなら単線でもよさそうだ。高架化に当たって単線化しなかった理由は、きっと朝の増発にあるのだろう、と想像する。平面交差がなくなり、高架化されたとはいえ、神戸本線と接続する線路が設けられている。車庫は神戸本線側にある。


阪神国道駅の真横にビール工場

沿線は進行方向の右と左で趣が異なる。右はマンションなど低層ビルがぎっしりと並んでいる。左は大型ショッピングセンター、自動車教習所、学校、そしてビール工場だ。なんとなく、南武線の浜川崎支線に通じる雰囲気があった。東海道線の線路を超え、阪神国道駅を過ぎると両側に低層の建物が多くなり、遠くまで見渡せる。こちらは見晴らしがいいな、と思ったら、もう今津駅だった。


上り列車とすれ違う

今津駅の駅前広場を少しの間だけ見渡して、また阪急今津駅に戻り、西宮北口駅に引返した。西宮北口駅という名前はバス停のようで面白い。国鉄の西宮駅があったことと、軌道免許で作ったため、鉄道駅へアクセスする路面電車の電停という意味合いがあったと予想する。ただし今は立派な駅であり、南と北に出入口があるからややこしい。西宮北口北口とか、西宮北口南口とよぶかと思ったら、それぞれ北改札、南改札と呼ぶようだ。


今津駅に到着


今津駅前の広場

今津南線の電車が西宮北口駅に到着する。車止めの方向へ歩いて、左に折れ、コンコースを右に曲がり、神戸本線を跨ぐように歩く。北改札口に突き当たったら、手前を右折して階段を降りる。ここが今津北線というか、宝塚方面のホームである。ホームが3面。線路が3本あって、南線よりちょいと立派であった。3本の線路のうち2本は行き止まり式、1本は大きくカーブして神戸本線の梅田方面に合流できる。北線から梅田行きの直通列車が走っているらしい。


今津北線はコンコースの反対側、地上ホーム

北線はホームも長い。南線の3両編成に対して、北線は6両から8両くらいの電車を停められそうである。これではもう同じ路線として勘定してはいけないような気がする。

この北線と南線の対比は興味深く、かつての平面交差のエピソードも交えて、連載コラムのネタに使えそうであった。しかし、あとで調べると、駅ビルにかつての平面交差を再現した模型があったという。ネタとして使うなら、その模型の写真を押さえておくべきだった。事前にもっと調べておけばよかった。今回は自分の乗車記録に加えただけだった。

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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