第480回:北海道大観音とトンネルの美女 - 日本最長列車 2429D 2 -
日本最長鈍行2429Dは、定刻の09時37分に滝川を発車した。北へ向かって線路が3本。左側の2本は函館本線、右の1本、この列車が進む線路が根室本線である。この並びはすぐに終わり、こちらの根室本線が右へ逸れていく。函館本線の線路の向こうに家が並ぶ。同じ形のようで色が違う。水色の壁、白い壁、赤い屋根、青い屋根。壁も屋根も緑……。どれも北側の屋根が斜めに大きく下りている。この辺りは住宅街だ。
複線の函館本線と単線の根室本線
根室本線の起点の滝川は、屯田兵の入植で始まった街だ。車窓左手は防雪林、右手には遮る木々はなく、ほぼ同じ間隔の道路がまっすぐに伸びている。その道たちを横切る道も等間隔。つまり碁盤の目のような区画になっている。計画的な土地の割り当てが行われたのであろう。この辺りは石狩川と空知川に囲まれ水利もよく、冬の厳寒を乗り切れば住みやすかったらしい。
しかし、ここは川の氾濫に悩まされた地域でもある。入植地域の北進、水害で船便が衰退するなどで街は寂れた。しかし、根室本線の分岐点となってからは交通の要衝となった。いまや鉄道をもって交通の要衝とは言わないかもしれない。そしていま、滝川は軽飛行機やグライダーの町である。滝川駅の西、石狩川の川原に800mの滑走路を作り、スカイパークとして運用している。グライダー体験は大人7,000円……という情報を、昨日ネットで見つけた。この街を再訪する機会があったらやってみたい。
カーブが終わり、国道をくぐり、また道路をくぐり抜けると、車窓左手の視界が開き、滝川東公園がある。そこに池があって、島が北海道の形をしているようだ。出発前に衛星写真で見つけた。しかし、いまの私の位置では左の窓に寄れない。そしてその公園も、おそらく一瞬で通り過ぎた。日本最長距離鈍行の走りは意外にも軽やかだ。建物が減って畑が広がる。また防雪林が見えると、そこは東滝川駅である。ここですれ違い列車を待つ。富良野始発の快速列車だ。こちらを待たせて通過していく。
次の東滝川駅でさっそく列車交換
東滝川駅と、次の赤平駅の間に鉄橋がある。雨上がりの泥の川は空知川である。空知の語源はアイヌ語のソー・ラップチ。「滝を下った川」という意味だ。つまり滝川は和訳。空知は当て字だ。空を知るとは良い字を当てたと思う。屯田兵には詩人が多かったのだろうか。農業で天気を読む必要もあったことだろう。そうか、空を知る場所としてグライダーの町おこしが発案されたに違いない。
平岸駅を発車して、しばらく過ぎた頃。私の隣に立っている男性が、「大仏が見えるよ」と教えてくれた。私は列車に乗っている間はずっと何かを撮っている。私のカメラはメモ代わりで、特に観どころを探すわけでもない。それを見て、地元の人として景色の変化が乏しく申し訳ないと思ったかもしれない。ともあれ、せっかく教わった被写体である。あっ、なるほど、白い観音像のような姿があった。と思ったら木の繁りに隠れてしまった。芦別駅に到着。そして発車。乗客が減ったので、今度は窓に寄って注目する。なるほど。真っ白に輝く立像があった。かなり遠そうだ。近寄ればかなりの大きさになるだろう。
雨上がりの空知川
後に調べると、この像は北海道大観音という。付近に名刹があるわけではなく、炭鉱の町が寂れたため、観光の街への転換を目論んで作られたらしい。車窓からは見えないが、宿泊施設は五重塔の形だという。仏教テーマパークといった所か。ラスベガスのホテルのシンボルに通じそうでもある。五重塔はそれなりの高さのはずで、それが見えず、観音像が見える。やはり観音像は大きい。高さは88メートルとのことである。
ところで、芦別といえば、刑事ドラマ『相棒』の水谷豊さんの出身地でもある。彼が生まれた町は野花南。近くの空知川中流に野花南ダムがある。野花の南という意味ではなく、ヌカナンというアイヌ語の当て字である。「仕掛け弓の糸を置くところ」だという。アイヌ民族の狩猟生活を垣間見る名前だ。
北海道の観音様
2429Dは野花南駅に10時25分に着き、同26分に発車する。除雪用だろうか、小さな赤いモーターカーがいる。上り線ホームにヘッドライトを灯した普通列車が待っていた。大自然の中の小さな駅で、1両ずつのディーゼルカーがすれ違う。奇跡のようで、当たり前の風景。のんびりした路線でも、ダイヤは厳格に守られている。
根室本線は空知川と並んでいる。しかし車窓から川面は見えない。列車はトンネルに入り、島ノ下駅へ直行する。当初は空知川沿いのルートだったけれど、空知川に滝里ダムを建設するときにトンネルルートに切り替えられた。トンネルの長さは約5,600mだという。その間、景色が見えなくて残念だ。それでもトンネル出口に向けてカメラを向けていると、真っ暗な窓ガラスの向こうで女の子がピースのポーズをしていた。私の隣に立っている娘さんである。
野花南で列車交換
メモ代わりなんだけどな……再び思いつつ、シャッターボタンを押す。観光客だろうか。プレビューを彼女に見せて、真っ暗だよと言うと笑顔を返してくれた。はっきり映っても困ると思っていただろうか。夏の北海道の景色は開放的な気分にさせてくれるようで、2429Dのお客さんたちは社交的である。
トンネルを超えて青空が眩しい
トンネルを出ると、青空がいっそう眩しい。広大な農地、小さな農具保管庫。北海道の農業らしき風景であった。そして沿線に建物が増える。進行方向に1両のディーゼルカーが見えた。その向こうに赤いディーゼル機関車。幅の広いホーム。富良野駅であった。2429Dはここで20分も停車する。長距離鈍行の運用の境目だ。ここで、さっき見かけたディーゼルカーを増結する。それを見たい気持ちもあったけれど、私はまず改札を出て売店に向かった。昼食と飲み物を補給するためだ。
富良野駅に到着
-…つづく
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