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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第481回:北海道の "へそ"と狩勝峠 - 日本最長列車2429D 3 -

更新日2013/08/15


富良野駅で私が真っ先に探したモノ。それは駅弁『ふらのとんとろ丼』である。残念ながら品切れであった。売店のおばちゃんが「ごめんね」という言い慣れた侘び言葉であった。駅弁は、夏の時期は傷みやすくて入荷数が少ない。人気弁当なら朝イチで買うべきだろう。2429Dの富良野着は10時48分。もともと人気駅弁に間に合う時間ではなかった。しかし、人気の最長距離列車である。もう少し見込み発注を多くしても良さそうなものではある。名残惜しい。私はそのまま立ち去りがたく、おにぎりなど腹の足しになりそうなものを買った。


北海道の "へそ" 富良野に到着

もっとも、富良野駅の訪問はこれが最初であるけれど最後ではない。ここから旭川までは富良野線が分岐しており、未乗路線である。そして、今回の旅では乗らない。私にとって、JR北海道の最後の路線は富良野線となった。富良野線に乗りに来た時に、たっぷりと富良野を観光すればいい。富良野に来るからには、国民的ドラマ『北の国から』のロケ地を訪ねたい。

富良野では、まだまだやりたいことがある。薄紫に染まるラベンダー畑も見たいし、写真家、前田真三が撮った美瑛の丘も見たい。新富良野プリンスホテルに泊まって、『北の国から』の倉本聰の別のドラマ『優しい時間』に出てきた喫茶店『森の時計』も訪ねたい。そうした希望を、今回はすべて切り捨てて、2429Dで通過する。待ってろよ富良野、という心境である。いつか必ずここに来る。日本全線完乗の地がここでもいい。


連結風景を眺める女性客

ホームに戻ると、2429Dは増結作業中であった。若い女性の二人連れが作業を見守っていた。列車の連結シーンは珍しいから、鉄道ファンでなくとも興味を惹かれるようだ。東北新幹線と山形新幹線の連結場面もホームに人だかりができる。そのホームには『北海道経緯度中央標点』の看板と並び、へそ祭りの人形が立っている。富良野は北海道の中央で、それにちなんでへそ祭り。その紹介も倉本聰のエッセイ『北の人名録』に詳しい。へそ祭りも見たい。空知川下りレースも見たい。

さて、2両連結となった2429Dは空席ができた。新しくつながった2両目はガラガラ。しかし私は1両目にこだわった。この車両こそ、滝川から釧路まで行動を共にする相棒である。増結車に乗っては意味がない。


2両編成となった2429D

ディーゼルカーは20分間で支度を整え、11時08分に発車する。車窓には広大な農地が広がる。さすが富良野の文字通り、と安直に感心してはいけない。この辺りはもともと、農業には全く不向きの土地だったという。富良野の語源はアイヌ語のフーラヌイ。その意味は「臭い泥」である。十勝岳から流れでた川の水は硫黄を含んでいたからだ。玉子が腐ったような匂いがしたのだろう。泥炭地帯でもあった。

美瑛も美という字を含むくせに、言葉の由来は「油っぽい」であった。給排水を改良し、客土を続けて、少しずつ土地を改良していった。富良野を富ませ、美瑛を美しく。そこには、開拓者たちの大変な努力があった。それを忘れてはいけないし、富良野の人々はその事実を根っこに持っているから、迂闊なことを言って傷つけてはいけない。


広大な農場は改良の成果

富良野を発車して7分。布部駅に着く。ドラマ『北の国から』で、主人公の家族が最初に降り立った駅である。ドラマでは富良野の街がよく登場するから、主人公の一家の最寄り駅は富良野だと思ってしまう。しかし、麓郷の里の最寄り駅は布部だ。ここから東へ、布部川沿いの道道544号線を真東へ進むと麓郷の森。富良野はそこから北西方向で、丘の向こう側の道でつながっている。布部駅もドラマでは大事な役割を持っていたけれど、ホームから見る限り、駅舎にはそれらしき飾りはない。


『北の国から』始まりの駅、布部

車窓は十勝岳方向を望みつつ、大農場の作物の生育ぶりを映し出す。次の山部駅で対向列車とすれ違う。旧国鉄の朱色、もしくはタラコ色と呼ばれる車両であった。この快速列車は『狩勝』の愛称がある。1950年に函館と釧路を結んだ準急『狩勝』、後の急行『狩勝』の伝統を受け継いでいる。現在は釧路発滝川行。走行ルートはこの列車と同じだ。ただし、快速だから、日本最長鈍行とはならない。快速列車としては本州に長距離夜行快速列車がいくつかあって、残念ながらこのルートでは日本一になれない。それでも釧路発05時45分、滝川着12時35分は魅力的だ。こっちにも乗ってみたい。いつか富良野線に乗る時は、釧路から北上してみようか。


国鉄色の上り快速と交換

富良野盆地が過ぎて、線路は険しい山道に入った。狩勝峠である。石狩と十勝から一つずつ文字を取った峠で、北海道の東西を分ける。峠の名前は鉄道を通す時に付けられたという。もう大農場は見えない。ディーゼルカーは草原を進む。峠といっても、勾配はそれほど急ではない。建設当時は蒸気機関車の時代だった。物資を大量に運ぶため、急勾配はご法度だった。そして、北海道の広さも道のりを緩くする。根室本線は空知川に沿って上り、金山駅を過ぎて東へ向かい、ようやくトンネルに入る。ここが分水嶺である。北海道の東西の分かれ目だ。


空知川上流の景色

トンネルを抜けると鉄橋。川幅が広く、穏やかな水面である。これは川ではなく金山ダムだ。空知川の水源に近く、富良野方面の水源や電力供給のために作られたという。完成は1967年。私と同じ年である。臭い泥の富良野を改良するために、酸性水の富良野川からの取水をやめ、清い水の空知川を利用した。下流側からダムが作られ、その集大成がこの金山ダムだという。ダムの底には二つの村があり、約300戸が水没。約700名が追われた。根室本線も線路を付け替えている。


金山ダムが広がる

白い岸が広くなっている。水面は穏やかなるも、水量は少ない。ダムの沿岸に東鹿越駅がある。水没した鹿越駅の東側である。かなやま湖観光の基地ともなる駅だろうけれど、残暑のこの日、降車客は少なかった。北海道の学校の夏休みはとっくに終わっている。冬休みを長く取るためだ。地元の人々にとって、夏の観光シーズンは短い。


『鉄道員』の幾寅駅

ダムの金山湖を過ぎて、道のりは穏やかである。次の集落が現れて、幾寅駅がある。ホームは1本、線路も1本。その規模に対して立派な駅舎がある。根室本線が北海道の東西を結ぶ主要幹線だった頃、ここは峠の列車交換駅として機能した。そしていま、この駅は幌舞駅とも呼ばれている。高倉健主演、広末涼子の共演で大ヒットした映画『鉄道員(ぽっぽや)』の舞台である。停車が短いから駅舎に行けないけれど、待合所にはロケを記念した展示があり、駅前にはロケセットも残されているという。ここもじっくりと訪ねたいところである。最長鈍行2429Dの旅は、私に宿題を積み上げていく。


さらば『幌舞駅』……

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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