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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第482回:峠越えノンストップ - 日本最長列車2429D 4 -

更新日2013/08/22


日本最長鈍行、2429Dに乗っている。12時を過ぎ、全行程の3分の1が経過した。残る行程は約200km。約5時間半である。ディーゼルカーはさらに空知川に沿って狩勝山へ向かう。線路はまだ平坦地。ただし耕地は狭くなっていく。空気が乾燥しているようで、砂埃が舞っている。強い風が吹いているようだ。窓を開けているけれど、ここまで砂は届かない。


峠までは遠い……

車窓右側、貴重な土地を守るため、樹木が一直線に並んでいる。防風防雪のため長い時間をかけて手入れしたのだろう。その向こうに山が近づく。林の上からちょっとだけ顔を出した三角形は落合岳だろうか。標高1,168メートル。頂上を車道が通っていて、車で行ける。自転車で挑戦する人もいるらしい。

2両編成のディーゼルカーは軽快に走ってきた。この線路も峠を越えるなら、そろそろ勾配がきつくなるだろう。上り勾配になるとスピードが下がり、ギアは下がり、エンジン音が大きくなる。単調な乗り心地に変化が起きると期待していた。しかし、列車は軽やかに走り続けて、音もなくスピードを下げた。前方のレールが分岐している。12時10分。落合駅であった。すでに滝川行きの上り列車が待機しており、2429Dの到着を待ち兼ねていたように発車した。


落合駅に到着

我が2429Dは11分間も停車する。もう上り列車は来ないけれど、線路はこの先のトンネルの中で石勝線と合流する。あちらは道東と札幌を結ぶ幹線で特急列車も頻繁に走る。つまり石勝線の列車を優先するダイヤが組まれており、2429Dはここで時間調整をする。早く出ても途中で上りのスーパーおおぞら、スーパーとかちとすれ違う必要があるから、どこかの駅で長時間停車になる。そうすると長時間停車の駅を挟んだ区間で所要時間が伸びてしまう。だから停車時間を複数の駅に分散させて、所要時間の偏りや、普通列車の運行間隔を均等に保つ。長距離単線のダイヤ作りは悩みが多そうだ。

根室本線は"本線"と名が付いているものの、すでに道東と道央を結ぶ役割は石勝線に譲り、立派なローカル線となっている。11分もの停車は、短くはないけれど長すぎでもない。ところが、車内放送で発車は12時30分になると告げられた。定刻で到着したにもかかわらず、9分の遅れである。前方の列車が遅れているという。スーパーおおぞらかスーパーとかちか。単線だから、きっかけはどこであっても、遅れは全体に波及する。ただし、こちらは各駅停車の旅である。急ぐつもりもなく問題ない。むしろ落合駅をじっくり観察できて好都合だ。


トンネルと旧線に通じるポイント

私はホームに降りて背中を延ばした。私のような鉄道好きが数人いて、一様に列車や駅舎を撮影している。もちろん私もそのひとりだ。駅舎は切妻式の赤い屋根。今は無人駅で、再利用もされていない。その駅舎の前に男性が立ち、2429Dに手を振っている。家族をクルマで送ってきたのだろう。しかし、発車時刻になっても列車は動かない。あれ、という表情をして、また手を振り、お辞儀をして駅舎に戻っていく。

進行方向にトンネルの口が開いている。複線のサイズだが、おそらく中にポイントがあり、単線に収束するだろう。雪国だから、ポイントはトンネルの中のほうが都合がいい。そのトンネルの手前で線路が左へ分岐している。あれはおそらく、トンネル開通前の旧線に続いている。


狩勝峠に挑む

根室本線の狩勝峠の旧ルートは現在よりも北側を通っていた。トンネルは1km未満と短く、峰の向こうは勾配を緩めるために曲がりくねっていた。建設も難工事だった。根室本線は旭川と釧路を結ぶ幹線鉄道として、旭川と釧路の両側から建設された。そして最後にこの峠越えの区間ができて、1907年に全通している。それから半世紀以上も経過して、狩勝峠ルートの勾配を改善するために、全長約5.8kmの新狩勝トンネルが作られた。落合と新得の間のルートが変わった。開通は1966年であった。

落合駅から見えるトンネルは、まだ新狩勝トンネルではなく、そこにつながる新ルートのトンネルのひとつである。2429Dは12時30分に発車してトンネルに突入した。すぐにトンネルを出て、また短いトンネルを通り抜けると、峠道を期待したとおりの風景になった。線路は蛇行し、小さな鉄橋で空知川の源流を渡った。広い道路の上を超えると、またトンネルに入った。今度は長い。これが新狩勝トンネルである。


トンネル内で石勝線と合流

車窓右側、暗闇の中から線路が現れた。これが石勝線である。二つの線路は複線区間のようにしばらく並んでいる。蛍光灯の光が尾を引いて飛んで行く。その光は隣のレールに反射して、光の帯が3本になった。ここは上落合信号場といって、根室本線と石勝線の分岐点であり、列車のすれ違い設備も持っている。すれ違う列車はないから、2429Dは停車せず、走り抜けていく。トンネルは単線になった。


新狩勝信号場

一直線のトンネルを抜けるとまたすれ違う設備がある。新狩勝信号場だ。駅ではないから乗降はできない。新得まではあとふたつ信号場がある。落合と新得の間は約20kmもあり、すれ違う場所を作らないと列車を増発できない。根室本線と石勝線が合流し、石勝線は30分間隔で特急が走り、その合間に貨物列車も走る。そういえば、冬にスーパーおおぞらに乗った時、どこかの信号場で停車して、特急とすれ違った。なんとなく大陸を走っているような気分になった。2429Dはすれ違う相手もなく、どの信号場も通過する。優等列車よりも速くて良いけれど、仲間のいない峠道はちょっと寂しい。


十勝の原野?

新狩勝信号場を過ぎると右へカーブ。車窓左手は、木々の隙間から十勝平野が見え隠れする。その向こうは石狩連峰の南端だろうか。車窓右手は日高山脈の北限である。線路際は耕地のような平地がある。しかし舗装道路はない。これが原野の風景かもしれない。列車は下り勾配に身を任せるかのように走っている。広内信号場を通過した。線路が3本並び、上下列車の交換と追い越しが同時にできる。単線とはいえ、本線の風格である。


広内信号場

列車は今度は左へ大きく曲がっていく。左右の車窓風景が逆になった。トンネルをひとつ通ると西新得信号場だ。ディーゼルカーは少し速度を落とした。すれ違う相手はいないから、そのまま通りすぎて、ポイントを過ぎたところでやや加速する。そしてまた右カーブ。またトンネルを通って、さらに高度を下げていく。距離だけで比較すれば旧ルートより長い。しかしこちらのほうが勾配は緩やかだし、カーブの半径も大きい。高速列車向きだといえる。


西新得信号場

丘を回りこむように線路がカーブして、国道と並び、町にたどり着いた。新得駅に到着。時刻は12時53分。7分遅れである。下り坂でもあったせいか、2分も遅延を回復した。さらに5分停車の予定を3分で切り上げて、12時56分に発車。これで4分の回復となった。この調子なら、終点の釧路までに平常ダイヤへ復帰できるかもしれない。


新得駅に到着

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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