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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第438回:実りある途中下車 - 蘇洞門めぐり遊覧船 -

更新日2012/09/07



小浜駅着09時40分。遊覧船の出港時刻は毎時ちょうど。次の出港は10時00分である。携帯端末に地図を表示し、道順を検索する。徒歩ルートは所要時間15分と出た。電車と離れがたくてもたついたから、もうギリギリの時間である。駅前に掲げられた地図看板も確認し、ひとまず海に向かって早足で進む。

街並みを見物する時間はない。遅刻しそうな会社員のごとく、黙々と足を交互に繰り出した。こんな時は営業マンだった頃を思い出す。疲れずに早足を続ける方法は、得意先まわりで身につけた。ただしこの歩行法は靴の減りが早い。安い靴はすぐに潰れる。翌日朝にふくらはぎを攣る可能性も高い。しかし、気を緩めれば船は出てしまう。


観光船に間に合った

海に出て、右の方にスーパーマーケットのような建物がある。その建物の前が遊覧船の桟橋で、建物から家族連れが出て船へ向かっている。私は自然と駆け足になった。桟橋の前にいた係員に乗りたいと言うと、「建物できっぷを買ってください」と言う。鞄を放置して建物へ。間に合ってほっとした。

船内で着席し、出港と同時に汗が吹き出す。その汗と心拍が落ち着いた頃、船はスピードを上げていた。桟橋から景勝地まで全力で走り、景勝地からはゆっくり進む、という段取りらしい。「ここからゆっくり進みます」と聞いて、私は屋上デッキに出た。潮の香りが苦手なくせに外に出たい。窓越しの風景ではもの足りない。直接眺めたい。


景観の良い場所へ急行する

観光船の景勝地『蘇洞門』とは、小浜湾を抱える内外海半島の西端から北東へ向かう海岸線だ。まずは三ツ岩、次に二ツ岩と、特に工夫のない名前のポイントがある。これらは観光のためというより、漁船など湾内を航行する船の目印だろう。その後は鎌の腰、唐船島、碁石が浜など、それらしい名前になってくる。すべて崖の下。地上からは観られない景色で興味深い。


名所のひとつ、夫婦亀岩

この奇岩、奇崖たちの最大の見所は、大門・小門だ。波の侵食によって、一枚岩の中央が繰り抜かれている。なるほど、天然の門というかトンネルというか……珍しい景色である。自動音声の説明に続き添乗員が、「本日は悪天候に付き上陸できません」と言った。波が穏やかなら、その門を通って向こう側に上陸できるという。でも今日はダメだ。残念。


大門に近づく

ところで、この観光船は帰り道にもうひとつ、特筆すべき風景がある。関西電力の大飯原子力発電所だ。二ツ岩の対岸、大島半島の突端に位置し、外洋向きの立地だから小浜の人々からは見えない。ふだんの暮らしにおいて、原子力発電所を意識しないで生活できるというわけだ。もっとも、現在は停止中。昨年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故を受け、日本のすべての原発は安全性を再確認中だという。

私の旅の約4ヶ月後に、大飯原子力発電所は、大震災後最初に再開される初の原子力発電所として報道が盛んになり、原発反対派の標的として全国に知られるようになる。しかし、この時の私はそれを知る由もなく、海と森の中にある未来の建物、という構図を興味深く眺めていた。


大飯原発を眺める

観光船内に案内放送が流れる。大飯原子力発電所は関西電力で最も大きな発電所で、発電量としては国内第2位……などと、誇らしげにスペック紹介が続いていく。福島の事故から1年経っているだけに違和感がある。事前録音だから仕方ないとはいえ、原子力発電に対する人々の考え方が変わった。ひと工夫欲しいところである。

観光船の所要時間は約50分だった。次に乗る予定の列車は11時58分発。約1時間ある。帰りはのんびり散歩してみた。ここまできた道と同じではつまらないから、いったん北に出て、大通り経由で駅へ向かうコースだ。予備知識もなく歩いてみたら、意外にも収穫があった。


名水、雲城水

郵便局前に「雲城水」という湧き水があった。町の人が次々に現れ、ポリタンクやペットボトルに入れて去っていく。無料である。私も飲んでみようと、空になったペットボトルを持って並ぶと、大きなポリタンクに水を入れていた老人が順番を譲ってくれた。「ココの水は山から、百年かけてここまでくるんだ」という。クルマで1週間分の水を汲みに来るそうだ。

駅に向かうと肉屋があり、若狭牛コロッケと大書された旗に惹かれて入ってみた。しかし若狭牛コロッケはなく、代わりに飛騨牛コロッケと、味とんかつなる惣菜を買う。味とんかつは、見かけは薄いヒレカツである。どんな味がついているだろう。これは珍しいですね、と店員に話しかけたら怪訝な顔をされる。地元では当たり前の食べ方かもしれない。


小浜は杉田玄白ゆかりの地

こんどは大きな病院があった。病院は珍しくないけれど、「杉田玄白記念」と冠がついている。銅像も立っている。由来を読むと、江戸時代に生き、『解体新書』を表すなど近代医療の魁となった杉田玄白は、江戸の小浜藩屋敷で生まれ、幼少期を小浜で過ごし、後に小浜藩付きの医者となった。その後、江戸で開業医となり、研究者となった。なるほど、小浜と縁の深い人だったようだ。

銅像の見つめる先、病院の向かい側に公園があって、杉田玄白顕彰碑と大きな銅像が立っている。こちらは杉田玄白ではなく、元小浜藩士の梅田雲浜だ。梅田雲浜は幕末で尊皇攘夷派の指導者だったそうで、井伊直弼に逆らうものとして安政の大獄で捉えられ、獄死したという。


病院の向かいの中央公園

その像の奥に蒸気機関車C58が安置されている。この171号機は昭和14年に製造され、小浜線で活躍し、昭和43年の福井国体でお召し列車を牽引したと書いてある。小浜にとって栄光の機関車である。

駅に戻り、待合室でコロッケと味とんかつを食べる。味とんかつはカツにソースを潜らせただけの代物だった。それはいいとして、半額シールが貼ってあったけど、レシートを見ると割引されていない。私が店員に余計なことを言ったから、レジ操作を間違えられてしまったらしい。


C58 171が静態保存されていた

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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