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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第390回:記憶の線路を結ぶ - 関西本線 名古屋-亀山 -

更新日2011/09/15


もう30年近く前。高校生の春休みに関西と紀伊半島を旅した。大垣夜行で美濃赤坂支線と樽見線を往復。草津線と信楽線に乗り、関西本線で西へ。山陰方面をかすめて大阪に戻り、紀伊半島外周をぐるっと回って名古屋に戻った。このルートで私の乗車記録から欠落した区間がいくつかある。関西本線の河原田と柘植の間、紀勢本線の亀山と津の間である。

津と河原田の間に伊勢線があって短絡ルートを形成している。紀州方面と名古屋を結ぶ列車は伊勢線を経由した。記憶が定かではないけれど、帰りの大垣夜行に間に合わせるために伊勢線直通列車を利用して、ふたつの区間を逃した。今回はその区間を乗りに行く。ずっと気になっていたけれど、乗りに行く機会を見つけられなかった。


関西本線の普通列車は2両編成

名古屋駅の関西本線用ホームは11、12、13番の三つが割り当てられている。このうち11番線は特急用で、普通列車は12・13番の島式ホームであった。地下通路を歩いていくと、このホームだけエスカレーターがない。階段を上がってみれば、売店もきしめん屋もない。運行本数が少ないせいだろうけれど、ずいぶん冷遇されている。朝食にきしめんを食べたかった。しかし、階段を降りて別のホームに行き、また戻って階段を登る気分にはならなかった。ダイエット中だから我慢しておこう。

07時04分発の亀山行きは2両編成。313系という電車である。JR東海の標準車両で、この顔を見ると名古屋圏に来たな、と思う。座席はほぼ全て埋まっていたから、運転室の後ろに立った。定位置だ。名古屋駅の広い構内が見える。列車はゆっくりと動き出し、慎重に進路を選ぶかのようにポイントを渡る。東海道本線から逸れて新幹線の高架をくぐり、操車場の間を進むと単線になった。大名古屋駅に直結する路線で、複線分の用地があるし、なくても作れそうな空間がある。それでも単線のままだ。JR東海はいつまで、このままにしておくつもりだろう。


操車場を眺めつつ進む

名古屋と言えば、関東の人々にとっては伊勢神宮への入り口でもある。国鉄は関西線、伊勢線、紀勢本線、参宮線というルートを作り、近鉄は名古屋線、山田線のルートを並べ、近鉄の圧勝で推移している。なにしろ近鉄は複線だし、鳥羽、賢島方面の特急を走らせている。国鉄は勝負を諦めてしまったようで、関東だと、日光方面の東武の圧勝と似た状況だ。


近鉄電車と出会う。
アートライナーというラッピング広告車両とのこと

もっとも、JR東海もやっと重い腰を上げて、快速『みえ』を1時間ごとに運行し始めた。この列車は好評と聞くけれど、単線区間がネックになっている。複線化して本気で勝負してくれたら面白いのに、と思う。来年は伊勢神宮の式年遷宮の締めくくりで、観光のチャンスだ。近鉄は新型特急の導入を発表している。JR東海に動きは見えない。もったいない。リニアに注力しているからだろうか。


弥富駅で名鉄尾西線と遭遇。懐かしい

関西本線は関西鉄道が明治時代に開業した路線である。東海道本線に対抗して作られた経緯があり、明治時代末期に国有化された。関西本線と名付けられ幹線扱いを受けたものの、現在は運行区間を三分割されたローカル線である。その古い歴史は中間駅の配線に現れていて、列車交換可能な駅はY字型の分岐器になっている。この分岐器は徐行が必要で、単線のまま通過列車を高速化するためにはト字型へ改良する必要がある。関西本線のスピードアップは、単線のままでも複線化も、かなりお金がかかりそうだ。ただし揖斐川鉄橋など立派な複線部分も多く、もう一息という印象もあるから歯がゆい。


揖斐川鉄橋付近など複線区間も多い


朝日駅。名古屋へも四日市へも通勤客がいる

近鉄の電車と並び、弥富で名鉄の赤い電車が見えた。桑名の先に三岐鉄道北勢線の小さな電車がいた。今度乗りに来るからね、と心のなかでつぶやく。富田駅は広い構内を持ち、黒いタンク貨車が並んでいる。赤いディーゼル機関車がこちらの列車の到着を待っていた。四日市工業地帯に近づいている。ああ、貨物輸送もあるんだな。それならなおのこと、複線化すればいいのにと思う。四日市駅は近鉄と離れており、工業地帯側にある。そのせいか街の中心は近鉄寄りらしい。そういえば、以前、私が四日市を訪れた時も近鉄を利用した。


富田駅にはタンク貨車が出発を待っていた

四日市駅に着くと、ホームを延長した前方に新しいディーゼルカーが停まっている。伊勢鉄道の車両である。伊勢線は名古屋と伊勢市を結ぶ短絡ルートとして重要な路線だったけれど、国鉄時代末期に配線リストに載せられてしまった。路線内の利用者が少なかったという理由だった。さすがはお役所仕事である。名古屋への短絡ルートを廃止されては困ると、三重県が出資して第三セクターとなった。JR後も名古屋と紀州方面の特急が通過してくれて、線路使用料収入があるため経営は良好という。


四日市駅に佇む伊勢鉄道の車両

工場地域を通り抜けて、内部川を渡ると建物が減る。畑も目立つ。伊勢鉄道の線路と別れ、右側の線路がせり上がり、こちらの線路をまたぐと河原田駅。伊勢鉄道の駅は築堤の上にあるらしい。

さあ、ここからが未踏区間だ。もっとも、いままでの風景もすっかり忘れていたから、景色への関心度はずっと高まっていた。線路は単線になり、風景に緑が増えた。未踏区間の最初の駅は河曲。かわのと読む。難読駅である。駅名票に三重県鈴鹿市とあった。鈴鹿といえばF1も開催された鈴鹿サーキット。しかし最寄り駅は伊勢鉄道の方にある。


河原田駅を出ると緑の風景に変わる

河曲を出ると左手に川が見えた。鈴鹿川である。地図で見ると、このあたりの川幅がもっとも広い。ここが『河が曲がる』駅名の由来だろうか。加佐登で列車交換。次は井田川。集落のあるところにちゃんと駅ができている。いや、集落があったから駅ができたか。名古屋から約1時間半が経過している。東京圏なら通勤する人もいる距離感覚である。

田園風景を行く。線路が緩やかに右へカーブして、前方に鈴鹿山脈が姿を表す。建物が増えてくる。湿度の多い空気の向こう、遠くに駅が見えてきた。亀山駅である。架線柱が広がって、線路がいくつも分岐していく。木造のしっかりした屋根がある。その佇まいに、関西と紀伊をつなぐ鉄道の要衝という趣が残っていた。


亀山駅に到着

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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