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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第487回:日本最高地点の駅 - 立山黒部アルペンルート 3 -

更新日2013/09/26


弥陀ヶ原から室堂へバスが走る。この立山高原バスは美女平と室堂を結ぶ。美女平から弥陀ヶ原までは15km。弥陀ヶ原から室堂までは8km。合計23kmの道のりだ。驚くべきは、この距離で標高差が1,500mもある。鉄道でいうと65‰で、碓氷峠に匹敵する。道路は%で表記するから、6.5%の坂道だ。この数字は驚かない。日光のいろは坂とほぼ同じだ。

風景は真っ白だ。ここはもう冬のエリアである。片側一車線の道で、すれ違うクルマはこちらと同じ色のバスだけ。この道は富山県道の立山有料道路だけど、通行可能な期間はマイカー規制が実施されている。立山高原バスの専用ではないから、緊急車両と観光バス、沿道で施設を営む人たちの許可車両も通れるはず。団体観光バスの姿がない理由は、やはりシーズンオフだからだろう。美女平の紅葉とこの雪景色の変化は楽しい。お客を後悔させない景色だと思う。団体旅行の時期の見極めは難しい。


引き続きバスで室堂へ向かう

雲の色は雪のように白く、隙間には青空もある。そんな風景を眺めつつ、私は遠い記憶をたどっている。私の立山訪問は二度目のはずであった。もっとも、初回訪問は40年前である。東京のアパートに住んでいた私は、同じアパートに住む一家に誘われて、その一家の親の実家へ旅した。私は父も母も東京出身で、両親の帰省先という意味の田舎がない。母の実家は徒歩で行けたし、父の実家も電車とバスを乗り継いで1時間ほどであった。そんな私に、田舎を体験させてくれた。

いまとなっては富山県のどの街に滞在したかも覚えていない。最寄り駅は単線で、電車が走っていたように気がする。たぶん、富山地方鉄道の駅だったはずだ。だから富山地方鉄道も子供の頃に乗っているわけだが、あまりにも記憶が不明確で、乗車記録に入れてなかった。いまではその家族とも交流がなく、いつか会ったら駅名だけでも聞いてみたいと思う。

その家族のお父さんが登山家で、彼の提案で立山に上った。どこまで上ったかは知らない。まさか頂上までは到達していないと思う。ただ、山歩きの時に見た、青空と雪山の連なりが印象に残っている。もしそれが立山なら、私は立山には登っていないことになる。そのとき私は、「絵に描いたようにきれいだね」と母に言ったらしいけれど覚えていない。絵や写真よりも実物のほうが美しいに決まっている。子供に絵と比べられたと、大人たちはガッカリしたのではないか。


室堂ターミナルからみくりが池を散策

室堂着09時55分。青空の面積はさらに広く、これは晴れと言って差し支えないだろう。ここは立山の登山口である。登るつもりはないけれど、立山を拝みたい。ターミナルビルに入り、展望施設を目指して階段を上がった。上階から外に出ると一面の銀世界。そして眼前に立山がそびえ立つ。美しい姿である。が、やはり記憶になかった。新しい眺めとして記憶に残しておく。

当初は、13時ちょうどのトロリーバスで先へ進む予定であった。1時間早く着いたので、予定を戻すなら3時間も使える。案内板に散策コースがいくつか紹介されていた。火山湖のみくりが池を一周するコースがあって、所要1時間とある。もっともこれは雪のない時期の話だろう。室堂山展望台コースは往復2時間ほど。これも雪の時期は怪しい。バリアフリーコースは平坦な道をみくりが池まで行って、その周辺を歩く1時間コース。これがいい。平坦とはいえ、雪が積もって歩きにくい。良い運動となった。


立山を望む

ターミナルビルに戻らずコースを外れて、ビルの反対側、つまりバスターミナルの向こう側に回った。室堂のビル全景を写真に収めるためだ。実はここ、日本で最も高所にある駅である。鉄道はないけれど、ここから大観峰までの立山トンネルトロリーバスが鉄道事業法にもとづいて運行されている。だから駅というわけだ。

観光客が立ち寄らない車道を歩く。タイヤに踏み固められ、アイスバーンになっていた。ズルズルと滑り、何度か転びそうになった。ターミナルビルの写真を撮って早々に引き上げた。歩きまわると腹がへる。温かいものが食べたいと、ターミナルに入った。かけそばが800円。いまひとつ食指が動かない。その店先に肉まんがある。これが美味そうだ。そういえば、コンビニで買ったおにぎりがあった。これで昼めし。


日本最高地点の駅、室堂

歩きまわって、写真を撮って、待合室で昼めし。それでも1時間しか使っていない。しかし、もう景色は見たし、お腹もいっぱい。トイレに行ったら、もうここに留まる理由もない。トロリーバスのりばに行き、待合いの列に並んだ。壁に「社名の貫光について」という説明書きがある。立山黒部アルペンルートの施設を運営する立山黒部貫光という会社は、観光ではなく貫光という字を使う。光を貫くと書いた理由は、太平洋側と日本海側の壁を貫き、それぞれ均等に発展しようという意志が込められているという。

11時15分発のトロリーバスは2台の続行運転だ。のっぺりした表情のバスは8002号と8006号。なるほど、見上げれば確かに架線があり、牛の骨を長くしたような集電装置がある。トロリーポールというそうだ。すぐに乗るように促されてしまい、バスの外観をじっくりと観察できなかった。終点に期待だ。


立山トンネルトロリーバス

前後2台のバスのうち、もちろん前のバスに乗る。後ろのバスに乗ったら、前のバスに遮られ、前方の景色を楽しめない。全区間が立山の直下のトンネルだけど、これも景色のうちだ。それに地下鉄よりは明るい。バスはビルの地下駐車場のような空間から発車した。エンジン音はなく、ウイーンという機械音。電車のような音だ。車内に電光掲示板があって、「レールはありませんが電車の仲間です」という文字が流れた。

1車線ぶんの細長いトンネルを進む。電車とはいえ、レールがないから運転士さんはハンドルに気を使うだろう。右も左も壁。バック運転はやりにくそうで、走り出したら目的地に向かうしかない。しばらく進むと、やや道幅が広い場所がある。いわゆる列車交換の信号場だ。対向電車が2台待っていた。常にここですれ違うらしい。ケーブルカーのような運行形態だ。そこからまた数分走って大観峰駅に着いた。約10分で立山を貫いたというわけだ。


標高2,450mを走る

バス、いや、電車を降りて、出口までゆっくり歩いた。バスをゆっくり眺められた。は階段を登るから、屋根の上の機器も見えるだろう。ところが今度は車体の全景を撮りにくい。太い柱が邪魔をする。室堂で車両の写真を撮っておいてよかった。車両は室堂で、トロリーポールは大観峰で。これがトンネルを行くトロリーバスの、たった2ヵ所のおすすめ撮影ポイントである。


トロリーバスのすれ違い場所
ここの直上が立山山頂

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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http://www.a-train9.jp/professional/


『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)





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