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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第488回:ワイドスパンの眺め - 立山黒部アルペンルート 4 -

更新日2013/10/03


トロリーバスの駅舎を出ると展望台になっている。大観峰の名の通り、屏風のような連山が立ちはだかり、その下に湖が見える。弥陀ヶ原のカルデラ展望台のように、雪山と紅葉の層ができている。苦労して上ったカルデラ展望台も良い景色だった。こちらはラクに到達したけれど、まずまずの景色である。

苦労したほうがきれいに見える、と言いたいところだけど、どちらも美しい。良い時期に来たな、と改めて思う。子供の頃の私なら「絵に描いたみたい」と言っただろう。いまの私は、「珈琲色の焼き菓子に粉砂糖をかけたみたいだ」と思う。どちらも子供の発想であろうか。


大観峰展望台から

下に見える湖は黒部湖で、これから私が向かうところだ。正面の連山は後立山連峰という。後立山と聞けば立山の背面かと思っていたらそうではなく、富山県から見て、立山の背後にあるもうひとつの連山を指す。この連山に向かって左、方角として北に白馬岳がある。後立山連峰の向こうは長野県だ。私は長野県松本市で学生時代を過ごした。あの時、いつも市内から望んだ北アルプスの裏側を観ている。日本海側からの日本横断は少しずつ、確実に進んでいた。

大観峰エリアは、この展望台以外の場所には行けない。展望を堪能したら、下に降りてロープウェーに乗り継ぐだけだ。乗り継ぎのためだけに作られた中継基地である。展望台でしばらく佇んでいると、グループ客が記念写真を撮り合っている。韓国と台湾のお客さんが多いようだ。私は韓国台湾双方のグループからシャッター係を仰せつかった。どちらも私が日本人だと知ると喜んでカメラを預ける。どちらの国の人々も、他人にシャッターを押してもらうという習慣はないようだ。日本人は親切という評判はこんなところから始まるかもしれない。


ワイドスパンで降りていく

立山ロープウェイの窓口のフロアには土産物屋がある。ここで荷物を増やしたくないから眺めるだけだ。しかし、商売も心得ていて、「ここにしかありません」とメモ書きがついていて、ちょっと心が動く。もっとも、私は置物などは買わない。友達に配るため、バラマキ系のお菓子を買うくらいだ。それはかさばるから、ここでは買えない。

改札口で並んで待っていると、私たちの周囲を係員が取り囲み、立山ロープウェイのしくみを説明してくれる。このロープウェーはワンスパン方式と言って、途中に支柱がひとつもない。支柱の設置で環境に影響を与えないため、また、雪崩が多く、支柱が倒される可能性があるためだという。

「ゴンドラは自分の力では動きません。柱がない、はしらない」

このジョークが定番の締めくくりのようだ。もっとも、私の周りは韓国や台湾のお客さんが多いせいか反応がなかった。続いて係員たちは写真集をかざして宣伝を始めた。なるほど、このために私たちを囲んでいたわけだ。押し売りに囲まれたようなと言えばいい過ぎか。四季の写真がきれいだし、係員氏の懸命なトークも良かったと思って買った。いまはあの本を売る時間かとわかったようで、何人かが購入している。さくらになった気分である。紅葉の時期だけど。


ロープウェイの高低差は488m

ロープウェイからワンスパンの眺めを楽しむ。立山黒部アルペンルートでは、実は景色を楽しめる乗り物が少ない。立山ケーブルカー、高原バス、そしてこのケーブルカーだ。あとはケーブルカーも2本のトロリーバスもトンネルの中である。ロープウェイの景色は動くパノラマ。とても貴重な体験だ。支柱なしのワンスパンは展望にとっても都合がいい。支柱は近づくと視界を塞ぎ、短い時間とはいえ景色を台無しにする。

湖面が近づく。ゴンドラはコンクリートの四角い建物に吸い込まれた。ここはまだ黒部湖畔ではない。黒部平駅もまた、ケーブルカーとの結節点である。ただしここは建物の外を散歩できる。建物内にはレストランもある。食事は黒部ダムを予定しているけれど、小腹がすいた。土産物コーナーでせいろが湯気を上げている。豚まんではなく牛まん。ひとつ買って、左右の手で転がして冷ましつつ食べた。胡椒が効いて美味い。


黒部平駅
赤く色づく木があったがモミジではなかった

黒部ケーブルカーは全区間が地下である。地下鉄のケーブルカーは日本ではここだけと説明されている。あれ、青函トンネル記念館のケーブルカーも地下ではなかったか。あれは上の駅が地上か。青函のほうは海の底の下へ行くから、黒部は景観保護や積雪に配慮して地下になっているという。


黒部ケーブルカー

青函トンネルは1台の車両が往復するだけで、景色もなく侘びしかった。黒部の場合は途中にすれ違いポイントがある。トンネルの中、さっきのトロリーバスのように、膨らんだ洞窟で互いの道を譲りあう。その様子は地上のケーブルカーとは雰囲気が異なり、興味深く観察した。


トンネル内のすれ違い地点

ロープウェイは標高差488メートル。このケーブルカーは標高差373メートル。両方で861メートルを降りてきた。東京スカイツリーよりも大きな高低差である。所要時間は合わせて15分くらいだろうか。ケーブルカーの黒部湖駅も地下の駅。ただし地下鉄ではなく、駅は山の中だから、水平に歩いて地上に出る。通路は人が通るには天井が高い。工事用の大きな車両が通る道かもしれない。


地下の終着駅に到着

地上は黒部湖畔、というより黒部ダムの堤防の上だ。私の予定では、ダムを眺め、食事をする。さらに少し時間を取っていた。黒部湖遊覧船ガルベに乗ろうと思っていた。所要時間30分。黒部湖内の11キロメートルのコースを巡る。水面から立山と後立山を眺められる。しかし残念ながら、ガルベは運休が続いている。水不足で船着場まで船が上がってこないという。

黒部湖の水位低下は計画した時から知っていた。しかし、数日前から雨の日が多く、昨日から今朝にかけても雨だった。もしかしたら、と思っていたけれど、やっぱりダメだった。いつか再訪した時に……と、また宿題を増やしてしまった。


いよいよ黒部湖へ

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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http://www.a-train9.jp/professional/


『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)


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