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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第443回:爆弾低気圧の余燼 - 高崎線・上越線 -

更新日2012/10/11



2012年4月上旬。台風並みの低気圧が日本列島を通過した。4月3日から強風と豪雨が西日本を襲い、その勢いは関東まで到達した。航空便のほとんどが欠航となった。首都圏のほとんどの鉄道も夕方から運休となった。鉄橋や高架区間で規定の風速を越えたという。

その4月3日、私は上野発06時27分の高崎線普通列車に乗るつもりだった。目的地は新潟県のガーラ湯沢駅。スキー場を併設した駅として有名だ。しかし、スキーをしよう、というわけではない。上越新幹線の越後湯沢とガーラ湯沢の区間が未乗であった。この区間はスキー列車専用の趣があり、雪がなくなれば運行終了である。だから冬から早春までの限られた期間しか乗れない。雪女の気分次第だけど、毎年、ゴールデンウィークあたりが境目になるようだ。

その朝、私は4時ごろに起きて、旅の支度を整えつつ、テレビのニュースを観た。関東はまだ少し強い風が吹く程度だった。しかし、夕方からは確実に強風になるという。しばらく逡巡してコートを脱いだ。行くまでは良い。しかし万が一、帰れないと困る。鞄を降ろした私の足元で、置いて行かれると不安げだった犬が散歩を催促した。その判断は正解だった。春の嵐は全国で最大風速の記録を作り、午後から首都圏の列車はストップ。そして、ガーラ湯沢スキー場は終日休止となった。

翌日、4日。眠そうな犬に上等な犬用ビーフジャーキーを与えて出かけた。しかし、上野へ向かう電車の中で、ドアの上のモニターに残念なニュースが表示された。ガーラ湯沢スキー場は強風と視界不良で本日も休業という。がっかりである。スキー場に用はないけれど、ゲレンデハウス行きのゴンドラには乗りたかった。ゲレンデハウスの名物メニュー、ジャンボカツ丼を昼飯に、と目論んでいた。

それよりも、ガーラ湯沢行きの列車は走るか。秋田新幹線、山形新幹線、内房線、東武日光線が運休と出ている。いまのところ、私のルートの列車の運休情報はない。もし現地で運休だったとしても、天候は回復へ向かっている。なにしろ1駅だけの旅である。今日は20時までに六本木の出版社に行けばいいから、それに間に合うまでの間に1往復できればいい。今日は青春18きっぷで出かけるけれど、いざとなったら帰りは新幹線で1時間半である。

そう、今回の旅は青春18きっぷの日帰りだ。前週に北近畿方面に行って、5回分のうち2回分を使った。あと1回は仕事で使った。そして2回分のチケットが余っている。越後湯沢は普通列車の日帰り圏だ。ガーラ湯沢といえば、ほとんどの人々が東京駅から新幹線で直行するだろう。そこをあえて各駅停車を乗り継ぐ。スキー客などとは一線を画したいという気分もあった。

上野発06時27分の高崎行き。231系電車のボックスシートに座れた。まずは順調、とホッとしていると、若い男性が現れて相席になった。私の斜向かい、通路側に座る。大きな旅行鞄を持っている。登山者ではなさそうだ。そして左手の人差し指に分厚く包帯を巻いている。思わず顔を見る。褐色の肌をしている。東南アジアの方のようだ。

目があってしまったから、声をかけた。「どうしたの?」とりあえず日本語である。「ケガをシマシタ」と言う。「トビラにこうして……」挟んでしまったようだ。日本語ができるようでよかった。そんなきっかけで会話が始まる。彼はインドから留学した大学院生だった。浦佐にある国際大学で学んでいるという。昨日、友人を訪ねて東京に遊びに行き、帰ろうとしたら運休。そのまま駅周辺で夜明かししたそうだ。眠そうである。


関東平野の天候は回復。榛名山がよく見える

彼はインドで日本の企業に就職し、そこで日本に興味を持ったという。将来は日本の会社に就職したいそうだ。国際大学はそのまま国際大学という名前で、世界各地から学生を受け入れているとのこと。日本に来ただけではなく、世界各地に友達ができたという。「そんな人脈づくりはいいね。羨ましい」と私は言った。

彼の日本語の教科書を見せてもらった。かなり高度である。これだけマスターしたら、日本の大学生よりもずっとしっかりした言葉づかいができると思う。他にも、宗教の理由で食事はもっぱら自炊だとか、生活の話、映画の話などをした。高崎までの時間が早く過ぎた。高崎から先は、彼も私も上越線である。次は普通列車の水上行きだ。しかし彼は眠そうだったから、遠慮しよう。私は少し遅れて歩いた。


利根川中流は早春の雰囲気

高崎といえば『たかべん』の駅弁である。今回はチャーシュー弁当にした。ホームに降りるとインドの彼の姿を見失った。まあいい。彼は睡眠、私は朝食だ。快晴の空、榛名の山々がよく見える。その景色を眺めつつ、駅弁を食べた。なんと贅沢なレストランだろうか。


たかべんのチャーシュー弁当。群馬特産榛名ポーク使用

弁当を食べ終わると、関東平野も終わり、列車は山岳部へ。車窓が日陰になり、利根川の水面も静かだ。ここまでは穏やかな春の景色。やがて曇り空、さらに暗くなって、逆に地面が明るくなる。結露した窓を拭くと、線路際に雪が残っている。水上着。濡れた階段を注意深く上下して、隣のホームの電車に乗る。これは越後湯沢行きである。留学生の彼の姿は見えない。電車でまだ眠っているなら、乗り遅れてしまうけれど……。


水上駅。手前が高崎発当駅着。奥が越後湯沢行き


清水トンネル手前は山肌が見えていた

清水トンネルに入り、土合駅に停まる。登山姿がある。昨日の荒れた天気で撤退したか、今日の登山を断念したか。足取りが重そうであった。トンネルを出ると車窓が真っ白になる。積雪も多く、降雪で遠くが霞む。4月上旬の新潟県は冬だ。車掌が終着の放送を始めた。上越新幹線に乗り換えの内容もある。ガーラ湯沢行きは動いているようだ。


越後湯沢の手前は雪景色

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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