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第394回:鳥羽の港にて - 伊勢湾フェリー 鳥羽ターミナル -

更新日2011/10/13

頂点と頂点が近づいていれば、それらを線で結びたくなる。例えば関東地方の地図を見ると、房総半島と三浦半島を線で繋ぎたくなる。それは誰もが考えることで、故にそこには航路がある。その近くの木更津と川崎はトンネルと橋で結んでしまった。北を見やれば下北半島と函館には航路があるし、竜飛岬から松前半島は青函トンネルがある。

だから鳥羽と伊良湖岬が航路で結ばれているなんて、当然のことである。この2地点は伊勢湾の門のような位置にあって、その間にいくつか島もある。古くから往来があったはずで、今は伊勢湾フェリーが結んでいる。海路でもあり、道路でもあるというわけだ。

向こう岸へ渡る手段があるなら渡ってみたい。これも人情だろう。潮の香りは苦手で、鉄道のほうが好きだけど、ここから東京へはフェリー経由のほうがちょっとだけ早い。それに、青春18きっぷで亀山を経由しようとすれば、名古屋回りの各駅停車だと今日中に東京に辿りつけない。


鳥羽駅前の大鳥居と『商店街』

JRの鳥羽駅は海を背にしている。駅舎を出て左へ歩くと大きな鳥居がある。鳥羽は古くから港として栄え、伊勢神宮の支配下にあったという。その後、戦国時代に九鬼氏が水軍を起こし鳥羽城を築く。江戸時代には大阪と江戸を結ぶ船の寄港地として栄えたという。そして開国。明治時代末期に官営鉄道の参宮線が開通するなど、鉄道の発達によって船便は衰退していく。戦後の鳥羽は観光港として再出発し、現在の姿になっていく。

鳥居のそばに駅前商店街と称する建物があって、どうやらすべて生け簀を構えた飯屋である。通る人も少なく、どの店の前でも「寄ってって」「食べてって」と声をかけてくれる立ちふさがるように呼びこもうとするオバちゃんに、私は魚介類が苦手だというと「あらまあ、それじゃここまで何しに来たの」と言われた。「何しに来たんでしょうねぇ。わからないから、もう船で帰るとしますよ」と応じた。


またしても伊勢志摩ライナーに追い越される

近鉄の線路沿いを歩くと、伊勢志摩ライナーに追い越された。今日はこの黄色い電車を何度も見かける。観光特急らしい優雅な姿である。その先で線路を潜る通路を見つけた。船に乗るからには海側に出なくてはいけない。線路の向こう側は国道で、遊覧船乗り場やミキモト真珠島入り口があった。さらに歩みを進めれば鳥羽水族館。どうもこのあたり、男一人旅には居心地が悪い。これで食べ物に興味がないとなれば、「何しに来た」と咎められても仕方ない。


ミキモト真珠島


鳥羽城跡。海側の水門が正面だったという

伊勢湾フェリーターミナルに行きたいけれど、入り口が見つからない。そのまま歩いて行くと近鉄の中之郷駅があった。駅ひとつ分も歩いてしまったらしい。フェリーターミナルの案内矢印を見つけて、左折して道沿いに左へカーブする。フェリー乗り場の建物を見つけた。しかしクルマ用の入り口で、ヒト用が見当たらない。警備員にきくと、クルマ用の入り口の端を行けという。見渡せばそこは鳥羽水族館の端っこで、こちらから見れば国道沿いにヒト用の入り口もちゃんとあった。なぜ見つけられなかったか。


鳥羽フェリーターミナル。海側から訪れた

乗船窓口は2階にあった。切符を買おうとしたら、伊良湖岬から豊橋までのバスとのセット券を勧められた。いや私は三河田原から電車に乗りたいと言った。それでもお得だと言われて、面倒だから言われるままに切符を買った。2,000円だった。フェリーの料金は1,500円だから、まあ500円分のバス料金なら大した損もしないだろう。そう思って受け取ったチケットを見たら、三河田原から電車も選択できるとある。しかも、私が乗る便はバスの便が途中までしかないため、電車に乗り換えろと書いてあった。ならばこれでいいのだ。豊橋鉄道の運賃は510円だから、バスの運賃がそっくり値引きされたようなもの。確かにお得である。

船の出発まで約30分。昼食としたいけれど、レストランはどうせ海鮮メニューだろう。喫茶コーナーでサンドイッチでもつまもうとしたら、店員のオバチャンが、「三重豚めしがおすすめですよ」と言うではないか。なんと、ここは肉の名物もあるのかと喜び、ぜひそれをと頼んだ。茶飯のおにぎりをふたつ。温めて出してくれた。豚肉の炊き込みご飯である。肉巻きおにぎりほど特徴はないけれど、ほんのりと肉の風味があって美味い。「これはいい。もっと宣伝したほうがいい。世の中は魚好きばかりではないから」と言うと、オバチャンは気圧されたのか、そうね、そうねと繰り返すばかりであった。


昼食は『三重豚めし』

満腹。満足。ベランダに出れば船着き場が見える。さっき歩いてきた線路際を望めば近鉄特急が通過している。手前には観光船乗り場がある。そしてミキモト真珠島。真珠のミキモトは知っているけれど、島ひとつで博物館を成しているとは知らなかった。鳥羽市が小学校を作るため、この島をミキモト創業者、御木本幸吉に売却したそうだ。教育のために景勝地の島を売った鳥羽市も、それを買った御木本幸吉も粋じゃないか。世界で初めて真珠養殖事業に成功した御木本幸吉は、学校に通っていなかったという。なるほど。独学の厳しさと学校の必要性を誰よりも知っていたに違いない。


伊勢湾フェリー『知多丸』


桟橋の手前で180度回頭

正面から知多丸がやってきて、ズンズンこちらに向かってくる。しかし桟橋のそばで速度を落とす。「ここから接岸まではタグボートの出番かな」と思ったけれど、小さな船が見当たらない。そのまま見ていたら、旅客定員500名、2,331トンの知多丸は自力でくるりと回転し、寝た子に添い寝するように桟橋にピッタリと寄り添った。みごとな操船技術である。いや、船のことはよく知らないから、もしかしたら、これくらいの操船は当たり前かもしれない。それでも私は感動した。九鬼水軍の技が生きていると思いたい。


回頭の理由はクルマの向きを前にするため

-…つづく

第394回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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