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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第445回:倒木で新幹線運休 - ガーラ湯沢シャトルバス -

更新日2012/10/25



高校時代まで、私の旅は駅の構内からほとんど離れなかった。鉄道しか興味がなかったし、小遣いが少なくて観光する余裕もなかった。だからローカル線の終点に着くと、乗ってきた列車でそのまま折り返した。駅舎の写真くらいは撮ろうと思っていたけれど、フィルム代や現像代を考えて、カメラを持たない旅も多かった。良い風景は心に残る、と痩せ我慢をしていた。それでもたしかに、記憶に残る風景はあった。

今はなるべく駅から出て、見られるものはなんでも見ようと思っている。終着駅にきて、なにもしないで帰るなんて、ただの鉄道好きではないか……。いや、実際私はタダの鉄道好きだから、それでもいいけれど。それでも、ガーラ湯沢駅で何か記憶に残したいと思い、土産物屋を見物した。新潟である。老舗の煎餅メーカーが揃っている。


スキー場の振り替え案内

浪花屋の四角い缶入りの柿の種があった。母方の祖父母は新潟出身で、遊びに行くと、ときどきこの缶があった。懐かしいなと手にとって見ると、今は缶の中に食べきれる分ずつ個包装されているようだ。昔は缶の中にぎっしりと煎餅が詰まっていた。時勢の変化というやつだ。

もう何もすることはない。昼飯もめぼしきものがない。また新幹線車両にひと駅ぶん乗るために改札口に行ってみたら、まったく人の気がない。異様な静けさだ。その理由が電光掲示板に流れていた。その文字を追うように構内放送が上越新幹線の運休を告げた。上毛高原駅付近で倒木だという。復旧は未定。退路を断たれてしまった。さっき買っておいたガーラ湯沢から越後湯沢までの乗車券と特急券を払い戻してもらった。


スキー場も列車も運休のため閑散とした改札口

きっぷは返したけれど、今日は帰れないと困る。20時から六本木の出版社のスタジオでインターネット放送に出演する予定であった。放送なんて面倒だな……と思いつつ、もしかしたら新しく始めた連載の成績が思わしくなく、筆者の顔を晒してPRしようという意図かもしれない。小恥ずかしいけれど、有り難い配慮だし、私自身の好奇心もある。そもそも、なんだか楽しそうであった。

だから東京に帰りたい。高校時代のようにとんぼ返りをすれば無事だっただろう。のんびり土産物見物などしているうちに、倒木事故が起きてしまった。まあ、ここは悔やんでも解決しない。とにかく私は東京に戻らなくてはいけない。ここに来るまでの電車の中で、Twitterで位置を送信していたら、司会役の編集長が心配気な返信があった。

「間に合わなかったらクマさんのぬいぐるみを……」
この時の私は、まだこんな返し問答ができるゆとりがあった。私は鉄道ライターである。時刻表を読み解き、様々なパターンで旅のプランを作り、あらゆる事態にも臨機応変に対応できる。私にはその自信があるし、きっと向こうも大丈夫だろうと思っているだろう。


バスの待ち時間、再び駅舎を見渡す

私は階下のバスのりばへ行った。ガーラ湯沢と越後湯沢駅の間で、無料のシャトルバスが運行されている。再び駅舎を出ると雪が止んでいた。私はもう一度、駅舎を写真に収めた。週末に掲載予定のコラム記事に添えるためだ。なるべくきれいな写真を撮っておきたい。


マイクロバスで越後湯沢駅へ

シャトルバスは旅館の送迎に使われるようなマイクロバスだ。私の他にスーツ姿の男が二人。スキー板を抱えたグループが乗った。バスに乗るとは不本意だけど、この車窓は悪くなかった。私が乗ってきた線路を外から眺められたからだ。低い建物しかない町に、灰色のコンクリート橋脚がそびえていた。もう少し明るい色に塗ればいいと思う。


上越新幹線と上越線支線の分岐点を眺める

バスの旅は数分で終わった。さて、越後湯沢駅からは上越線の各駅停車で、まずは高崎へ……と思ったら、次の水上行きは15時05分。2時間以上も待たなくてはいけない。反対の長岡行きは1時間に1本くらいある。そうだ。ここは新潟県だ。列車ダイヤは新潟へ向いている。県境を越える普通列車の需要は少ないのだろう。


まるで地域を隔てるような高架橋

15時05分の普通列車に乗ると、水上、高崎で乗り継いで、上野に18時50分に着く。1時間あれば六本木に着くだろう。私は少し安心した。出汁の香りに釣られて、コンコースの立ち食いそばを食べる。これが昼食である。何にせよ、温かいものが食べられてよかった。

さて、ここが高崎なら上信電鉄を往復するなどで遊べた。しかしここは越後湯沢。新潟県から観れば辺境だ。温泉とスキー場と新幹線の乗り換えのための駅である。悪天候でなければ賑わっているはずの、大きな土産物屋が空いていて、その横には観光案内所もある。1時間半くらいで何か見物できないかと相談してみた。しかし応対してくれたと女性は「温泉くらいしか……」という。これから寒い中を移動するから、湯冷めしそうな行為は慎みたい。だから何もすることがない。


越後湯沢駅。送迎バス停車場所の反対側に出てみた

待合室で時刻表をめくり、携帯端末で遊びつつ時間をつぶす。次に駅構内を隅々まで探検してみる。いつもは乗り換えだけで通り過ぎる駅。ゆっくり歩けば、1番ホームに温泉が湧いていた。洗面台くらいの高さに湯を貯めている。足湯ではなく「手湯」というわけか。手を入れてみる。心地良い。1番ホームに北陸からの特急はくたかが到着した。私の姿を見て後に続く人がいる。若い女性が華奢な手先を浸けている。旅情を感じる光景であった。


越後湯沢駅1番ホームの"手湯"

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)


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