のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第397回:されど、50メートル - 豊橋鉄道渥美線 -

更新日2011/11/03


豊橋鉄道渥美線は2004年2月以来、約7年半ぶりの訪問となる。既乗路線より未乗路線に乗りたいけれど、今回の再訪には理由がある。2008年に50mだけ線路が伸びたからだ。訪問当時、豊橋鉄道の新豊橋駅は、JR豊橋駅と少し離れていた。しかし新豊橋駅の改良で、50メートルだけJR豊橋駅に近くなった。

たった50mなんて電車3両分である。単なる駅構内の改良だから、無視しても良さそうだ。実際、乗車記録簿を書き換えようとは思わないけれど、路線が伸びたとされると気になる。わざわざ行くほどでもない。でも、機会があれば乗っておきたい。今回の伊勢湾フェリー経由がまさにちょうどいいタイミングであった。

もうひとつ、渥美線には『杉山駅』がある。電車3両分である。地縁も血縁もないけれど、自分の姓と同じというだけで親近感がある。7年半でどれほど様子が変わっただろうか。そこにも興味がある。


三河田原駅は大名屋敷のイメージ

三河田原駅でバスを降りると高校生が大勢いた。下校の時間だ。女の子のほうが多い。男の子は長距離でも自転車や原付を使うのだろうか。駅前広場を見渡せば、なんとなく様子が変わった気がする。もう少し広かったような……。駅の向こう正面には昭和の面影を残す2階建てのビルがあって、場末感のあるスナックが入っていたはずだった。

そう思うと駅舎も見覚えがない。きれいだから建て替えたのかもしれない。フェリーターミナルで買ったきっぷを見せつつ駅員に訊ねると、「いや、そんなに変わってないですよ」という。思い過ごしだろうか。以前来た時は、駅前に興味をひくものがなく、乗ってきた電車で折り返している。「電車に乗った」「駅で降りた」と言っても、実際はちゃんと見ていなかったらしい。そういえばあの時は寝不足だった。ムーンライトながらで未明の豊橋駅で降り、路面電車の始発を待って、次にこちらという行程だった。


どこか様子が変わった駅前広場。中央のポストのあったあたりの建物がなくなっていた

豊橋鉄道の電車は元東急電鉄の7200系だ。これはあの時と変わらない。正面が平面ではなく、三角に出っ張る形だ。デザインの手が入り、ちょっと宇宙船を思わせるところがあって好きな車両だった。そんな電車が、故郷を引退しても元気で活躍していると嬉しい。リノリウムのツルツルした床をつま先が覚えている。ロングシートの柔らかさを尻が覚えている。

三河田原駅から四つめが杉山駅だ。車内放送を訊けば、二度目とはいえ懐かしい。空いている電車だけど、電車が停まる前からドアの前で待機。降りる時に車掌さんにきっぷを見せたら、一瞬手が止まり、そのまま受け取った。「新豊橋までのきっぷだけどいいの」と訊かれるかと思った。でも、ここまで乗れば元はとれているはずだ。いままでにも、下車前途無効のお客さんがいただろう。


東急から移籍した電車。さまざまな帯色がある

7年前に訪れた時は、あたりに立ち込める堆肥の匂いでむせ返りそうになった。今日も覚悟していたけれど、それほどでもない。駅の周りの風景はあの時と変わらなかった。駅前の小さな商店もそのままあった。7年半前、この店の主人にカメラを預けて、私と駅名標の記念写真を撮ってもらった。その男性の姿は見えなかった。しかし、あの時ひっそりとしていた店は今日は賑やかだ。若い夫婦と小さな子供が遊びに来ている。あとから年配の女性も出てきた。きっとあの人の家族なのだろう。


杉山駅。待合室も商店も7年半前のまま

変わったところといえば、駅名標が架け替わっていた。ひらがな版と漢字版があり、電車のマークがあったり、駅番号がついたりしている。ユニバーサルデザインというやつかもしれない。しかしその他は昔のまま。洒落た待合室もそのままであった。


リニューアルされた駅名標。漢字とひらがなの2種類ある

駅の周りをひと回り歩いて、次の電車に乗った。愛知大学前駅の先、地下トンネルを出ると『小池』という駅がある。あの時は気に留めなかったけれど、これは私の出身小学校と同じ名前である。杉の山も小さな池もいたるところにあり、私が知っているそれらとは縁もゆかりもない。


小池駅。私の出身小学校と同じ名前

さて、次に注目すべきは新豊橋駅の行方であった。JRの線路を超えると柳生橋駅。ここを出て踏切を通過すると線路が増える。昔は駅だったという信号場があり、東海道本線と並んだ。その間に留置線があって、かつて渥美線と東海道線はちょっと距離をおいて並び、カーブして新豊橋駅に進んでいた。それが今は素直に東海道線に寄り添い、まっすぐ進んで新豊橋駅に着く。

旧新豊橋駅は片面ホームに線路1本だった。新駅は両面島式となり線路が2本である。まだコンクリートが新しいホーム。電車が到着すると待機していた電車がすぐに発車できる構造だ。以前は電車が到着、降車、乗車、発車という手順だった。今は車両を交代してすぐに発車できる。だから運転間隔を短くできるという仕組みだ。


新・新豊橋駅。1面2線になった

改札口の手前の壁に『豊橋銘木30選』と紹介されたオブジェがある。7年半前の、昭和の匂いが染み付いたコンクリートとは大違いで、明るく清潔な雰囲気になった。コンクリートの柱も木のパネルで覆われている。これならお客さんも働く人も気持ち良いだろう。私はしばらくそこに佇み、ゆっくり改札を出た。


木のぬくもりを活かしたコンコース

ふと駅の窓口を見ると、駅名標グッズが並んでいる。もちろん杉山駅もあった。鉄道グッズを集める趣味はないけれど、これは私の名前と同じだから実用的だ。キーホルダーと携帯電話ストラップと携帯電話画面クリーナーの3種類。杉山駅を3種類二つずつくださいと言うと、キーホルダーは在庫があって、携帯電話グッズは品切れとのことだった。

「それは残念、僕の駅なのに」と運転免許証を見せたら、「ちょっと待って、2階の店にあるかも」と言って、後ろにいた職員が電話をかけ始めた。「いや、みなさん駅業務があるだろうし、自分で行きますよ」と言っても手を止めない。そんな彼らの親切も届かず、在庫はないとのことだった。それでも私は感謝してキーホルダーを二つ買った。

携帯電話ストラップのほうが宴席で話題にしやすいな、と思いつつ、もう一度訪れる理由ができたと思えば、その発想も悪くない。それに、このあと豊橋にはもうひとつ、訪れる理由ができた。


新豊橋駅駅前広場。中央が現在の駅。左の奥に旧駅舎があった

-…つづく

 

第397回の行程地図

より大きな地図で のらり 新汽車旅日記 397 を表示

 

 

このコラムの感想を書く

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

■著書
『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで

第351回:再生の連絡船、風葬の気動車
-青森駅界隈-

第352回:トンネル駅に降り立つ
-海峡線・竜飛海底駅-

第353回:竜飛岬の散歩道
-青函トンネル記念館・竜飛斜坑線-

第354回:函館山の昼と夜
-函館市電・函館山ロープウェイ-

第355回:29年後の再訪
-函館本線砂原支線1-

第356回:いかめしより菓子パン
-函館本線砂原支線2-

第357回:特急かもしかの怨念
-特急スーパー白鳥+東北新幹線はやて-

第358回:100kmの路線網に挑む
-富山地方鉄道 不二越線-

第359回:終点間際と終着駅の景色
-富山地方鉄道 上滝線-

第360回:山里の猿、川沿いのザイル
-富山地方鉄道 立山線-

第361回:ふたつの宿題
- 立山ケーブルカー -

第362回:特急を乗り継いで
- 富山地方鉄道立山線・本線 -

第363回:夕暮れの路面電車散歩
- 富山地方鉄道市内線 -

第364回:スイッチバックと併走区間
- 富山地方鉄道本線1-

第365回:ヘンテコ少年とダースベーダー
- 富山地方鉄道本線2-

第366回:廃線跡散歩
- 黒部峡谷鉄道 1 -

第367回:室井滋さんの声
- 黒部峡谷鉄道 2 -

第368回:曇天のトロッコ乗車
- 黒部峡谷鉄道 3 -

第370回:欅平駅小走り観光
- 黒部峡谷鉄道 5 -

第371回:快晴の地下鉄訪問
- 名古屋市営地下鉄桜通線延伸区間 1 -

第372回:早春の住宅街
- 名古屋市営地下鉄桜通線延伸区間 2 -

第373回:夕刻の家路
- 名古屋鉄道津島線 -

第374回:ツアーバスの豪華シート
- WILLER EXPRESS 122便 コクーン 1-

第375回:目覚めれば祇園・鴨川
- WILLER EXPRESS 122便 コクーン 2-

第376回:新幹線とならぶ区間
- 阪急京都線 1 -

第377回:抜きつ抜かれつ大ターミナルへ
- 阪急京都線 2 -

第378回:準急と急行と日生エクスプレス
- 阪急宝塚線 1 -

第379回:三ツ矢サイダーと城とベッドタウン
- 能勢電鉄 1 -

第380回:新旧の終着駅巡り
- 能勢電鉄 2 -

第381回:里山の風景
- 妙見ケーブル -

第382回:とんぼ返りを悔やむ
- 阪急箕面線 -

第383回:阪急の南北問題・分断された支線
- 阪急今津線1 -

第384回:薄暮の生活路線
- 阪急今津線2 -

第385回:長い家路へ
- 阪急宝塚線2 -

第386回:展望台と展望席の夜
- WILLER EXPRESS 223便スカイライナー -

第387回:改良された北総鉄道区間
- 京成電鉄 成田空港線1 -

第388回:アクセス特急の前面展望
- 京成電鉄 成田空港線2 -

第389回:波乱のスタート
- ムーンライトながら2011 -

第390回:記憶の線路を結ぶ
- 関西本線 名古屋-亀山 -

第391回:山の中の東海道
- 関西本線 亀山-柘植 -

第392回:記憶の上書き
- 紀勢本線 亀山-松坂 -

第393回:奪われた絶景
- 紀勢本線・参宮線 -

第394回:鳥羽の港にて
- 伊勢湾フェリー 鳥羽ターミナル -

第395回:上部甲板で荒波をかぶる
- 伊勢湾フェリー 鳥羽-伊良湖岬 -

第396回:鉄道になるはずだったバス路線
- 豊鉄バス伊良湖本線 -


■更新予定日:毎週木曜日