第356回:いかめしより菓子パン -函館本線砂原支線2-
たった一両のディーゼルカーが、海を目指して東に進んでいる。北は駒ヶ岳。その広い山裾を迂回している。大沼公園付近に比べると駅間が長い。次の鹿部までは7.8キロもある。駒ケ岳の噴煙がこちらに流れやすく、人が住みにくいのかと思う。もっとも、海沿いと沼という水場が近くにあれば、わざわざ森の中に住む理由もない。
森の向こうに駒ヶ岳。
線路が森に囲まれているから、なんとなく見上げたら、小さな飛行機が飛んでいた。函館空港の発着にしては向きが違うような……と地図を見ると、線路と海の間に滑走路があった。鹿部飛行場といって、飛行機の操縦士を養成する学校「エアフライトジャパン」が運営しているという。この会社は日本航空とトヨタ自動車が共同出資しているそうで、空港では新車の試験や試乗会も開催されるらしい。アメリカの田舎にあるような施設だ。北海道の大陸らしさを感じる。
トヨタ自動車はエコカー開発に熱心だけど、エアフライトジャパンのWebサイトによると、「自家用自動車の次は自家用飛行機」と時代を読んでいるそうだ。そういえばホンダも埼玉に本田航空を持っているし、三菱グループは過去にゼロ戦を作っていて、近年はMRJという国産民間ジェット機を成功させつつある。富士重工は中島飛行機だ。日産だって航空宇宙事業を持っていた。自動車で道路のシェアを取ったら、次は大空である。
鉄道は地面に這いつくばっているけれど、もうすぐリニアモーターで這いながら飛ぶ時代が来る。銀河鉄道という夢物語もあるけれど、鉄道の技術を使って連結した宇宙船が飛び交う時代も来るかもしれない。僕らの何世代か後の旅人は、銀河に描かれた路線図を塗りつぶそうとするだろう。生まれ変わりがあるなら、そんな時代がいい。ぼんやりと飛行機雲を眺めながら、そんな空想を楽しんでみる。
赤い屋根の鹿部駅。
鹿部駅は赤い屋根。花壇が整えられており、コロポックルの住まいのようだ。この近くには陸上自衛隊の演習場があって、鹿部駅も自衛官たちで賑わう日があるのかもしれない。ああそうか、列車でも移動ができて、いざというときは飛行場もある。鹿部は国防上の拠点になるな。すると、砂原支線も戦略上で重要な路線だ。新幹線が通ったとしても、この路線の秘めたる任務は変わらないかもしれない。戦争はいやだけど、軍用列車は見てみたい。
おっ、海が見えた!。
列車はまだまだ森の中を走る。渡島沼尻駅の次が渡島砂原駅。砂原線の愛称はこの地名を取ったらしい。そしてとうとう海が見えた。森の緑と空の青の間に水平線が見える。旧幕府軍がわずかな望みを抱いて北上した海である。何事もなさそうな静かな地域にも、歴史や未来が詰まっている。私は時代の変化を知らず野心もないし、パイロットにもならない。宇宙にも行かないけれど、それぞれの時代の人々が、同じ景色を見ていると思うと愉快である。
尾白内駅の待合室はワム。
尾白内という駅があった。待合室はワム80000という貨車を改造した建物だ。とんがり屋根風の庇がつけられ、塗装にも凝っている。おしろない、ではなく、おもしろい構造物である。駅名はアイヌ語で「岩のある沢」という意味だという。なぜかここだけがアイヌ語だ。古くからの集落があったのだろうか。
北海道にはアイヌ語由来の駅名が多いけれど、アイヌ語自体は消滅しかかっているそうだ。単語はお土産のタオルや駅名に残っているけれど、助詞や接続詞、会話文はどうなっているんだろう。言葉がなくなっていくとは寂しい。しかし、固持すれば差別を生みかねない。難しい問題だ。何しろ日本語だって、大宇宙からすれば小さな地球の方言に過ぎない。
森駅に到着。
海岸が近づき、建物が増えた。東森駅を出て、しばらく走ると山線の線路が合流する。さらに海が近づいて、列車は森駅に到着した。駅舎から遠いホーム。階段を上がると、跨線橋の窓から駒ケ岳と海が見えた。駅舎側のホームが1線、私たちが降りた島式ホームがあって、その線路の間に通過線が1本。島式ホームの外側の線路と海の間にも線路が1本ある。長いホームは特急列車が停まるためだ。いまは私たちが乗ってきたディーゼルカーと、1番線にもディーゼルカーが停まっている。どちらも1両だった。
私たちが乗ってきた長万部行きは、ここで30分も停車する。私たちはそれには乗らず、逆方向の函館行き、08時07分発に乗る予定だ。滞在時間はこちらも約30分。短いし、旧幕府軍が上陸した場所の記念碑を拝みたいけれど、今日はこの後、本州に戻って弘南鉄道に乗る予定である。30分しかないとはいえ、森駅には名物の「いかめし」がある。私は苦手だが、母にはできたてのいかめしを……と思ったら、駅構内では売っていない。駅舎から出てみると、駅前ロータリーの左手にいかめし屋があった。しかしそこも閉まっていた。
いかめしやさんはまだ開かない。
森駅の「いかめし」は全国の駅弁大会の定番商品である。それゆえに出張販売が忙しく、「森駅では買えなくなった」といううわさを聞いた。それは本当かもしれない。いや、まさか本陣を空けることはないだろうとも思う。きっと朝8時が早すぎたのだろう。もっとも、たいていの駅弁は朝食時間にも販売しているものだ。駅弁大会で見かけるあの量なら、むしろ朝食のサイズではないか。前日の作り置きくらいはキオスクに出しておけばいいのに。
函館バス、函館行きは1日5本。
前日の作り置き。そうか。駅前にコンビニがある。そこならあるかもしれない。私は母を連れて行った。朝食時間帯である。駅前から函館行きのバスが発着することもあって、店内は混んでいた。しかし弁当コーナーは東京のそれと変わらぬ品揃えだった。私が食べたいわけではないから悔しくもない。母はどうかというと、さほど関心がないようだ。もともと朝食を食べない人である。
仕方なしに店内を見回る。地方のコンビニには独自の品揃えがあって、下手な土産物屋より珍しいものがある。そこは期待通り。パンコーナーに北海道らしい品が並んでいる。道産の小豆をちりばめたパンや、じゃがいもアンパン、そして「ようかんロール」という妙な菓子パンを見つけた。わざわざ「なつかしの味」と印刷してある。レジに持って行き、「僕は初めて見るンだけど、このあたりでは懐かしいですか」と訊いてみた。「ええ、昔からありましたよ」と言われた。関東でときどき見かける「シベリア」のような感覚らしい。
長大な貨物列車がやってきた。
私にとっては「いかめし」より面白いものを見つけたから、楽しい気分で駅に戻った。函館行きの改札が始まっている。切符を見せて構内に入り、跨線橋を渡っていたら、もっとも海側の線路に貨物列車がやってきた。機関車は「RED
BEAR」の文字が入ったDF200形で、コンテナ車をいくつも連結している。赤熊クンは北海道止まりだけれど、コンテナ貨車は私たちよりひと足早く本州へ渡り、いくつかの駅で荷扱いして、何日もかけて南へ下っていく。本当に頼もしい。できることなら乗って行きたい。
函館行きのディーゼルカーに乗ろうとしたら、制服を着た人に「そっちは戻っちゃうよ」と言われた。たぶん長万部行きの運転士さんだろう。私たちが乗っていたことを見ていて、まだ先へ行くと思ったようだった。老いた母へ向けた言葉かもしれないが、うれしい気遣いである。私は「函館に戻ります、ありがとう」と礼を言った。
帰りの車内でパンの試食会を開いた。ようかんロールは、あんパンと同じ味だった。「これはつまり、小豆餡がパンの内側にあるか外側にあるかの違いだね」と母に言ったら、「そりゃぁそうでしょ」と言った。母親はいつもこんな物言いをする。自分だって珍しそうに見ていたくせに。
懐かしの味? ようかんロール。
-…つづく
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