第400回:青春18きっぷの危機(下) - 東海道本線 沼津 - 品川 -
「私はみなさんと同じ気持ちではないのでホームに戻ります」と告げた。二人ほど、「えっ」という表情を見せた。私は彼らに背を向けて歩き出す。こんな所で、恨みのない駅員さんと睨み合うよりも、夜のホームで、明かりに照らされて濡れそぼつレールを見ていたほうが楽しいと思われた。そして実際はもっと楽しかった。貨物列車が次々に現れた。大雨で抑止させられただけではなく、旅客列車の後回しになっていた貨物列車たちが、西へ東へと動き出していた。鉄道全盛時代を思わせる活気だった。
様々な形式の電気機関車がコンテナ貨車を率いていく。トヨタロングパストレインも走る。トヨタロングパストレインは自動車部品専用の貨物列車だ。名古屋と東北の工場を結んでいる。専用の青いコンテナがズラリと並ぶ。そうか、東北の工場は動き出したのか。震災からの復旧が進捗しているようだ。貨物電車Mc250系も通った。こちらは佐川急便専用である。真夜中の貨物列車ショーを眺めつつ、私は『ちくわ稲荷寿司』を食べた。カバンの中でひしゃげてしまい、油揚げからしみでた汁で箱もベタベタしていたけれど、美味かった。
トヨタロングパストレイン
携帯電話カメラで慌てて撮った
激しい雨の音。湿気のある空気。しかし気温は下がっていて、夏の夜にしては過ごしやすい。私はベンチに佇み、ぼんやりと貨物列車や駅の灯り、輝くレールを眺めていた。そんなとき、遠くから駅員さんがやってきた。年配だし、帽子に何本か線が入っている。助役さんだろうか。やっぱりここにいちゃダメで、改札から出ろと言われるようだ……と思ったら違った。
「東京へ行かれるんですよね」と彼は言う。
「上のものと交渉しましたので、改札前に集まっていただけませんか」
話を聞くと、2時間後に来る「ムーンライトながら」の便乗を認める。JR東海の責任として、境界の熱海駅までは送り届けるという。精算は下車駅で手続きしていただく。そう決まったとのことだ。本来、ムーンライトながらは熱海駅は停車しない。しかし乗務員の交代のための停車はするから、乗務員室の扉から降りて欲しい。だからまとまって行動していただきたい、と言う。
青春18きっぷの有効期間について、JR東海では判断しないという策。うまく逃げた形である。なかなかやるな、と思う。ともあれ、かなり譲歩してくれたようだ。断ろうと思ったけれど、せっかく私ひとりを迎えに来てくれたから、彼を一人で返しても気の毒だと思い、ついて行った。歩きながら、「でも、青春18きっぷって、本来は特例なし、救済なし。だから安いってきっぷですよね」と話しかけた。「そうなんですが、お客様のお怒りもごもっともかと……」と言う。
コンテナ列車はいったん停車
行き先などじっくり眺められた
改札前に行くと、件のオジサンたちが勝ち誇ったような顔をしている。私は団交に参加していないから、社交辞令的に「交渉お疲れ様でした。よかったですね」と言った。オジサン一人が若者たちを指して、「私なんかより、あの子たちをなんとかしてやりたくて」と言った。
それで私はまた呆れた。まるで自分たちが犠牲となって、若い子のために成し遂げたような言い分である。これはおかしい。年長者で、きっぷの知識に詳しいと自負するなら、若い人に対しては特典とリスクを理解させるべきではないか。彼らは自分の行為を正当化するために、なにも知らない若い子を巻き込んだだけだ。明らかにゴネ得である。
さて、私はまた立ち止まってしまう。
こんな人々と共に行動していいものか。
さっきの駅員さんには申し訳ないけれど、やっぱりこの集団には関わりたくない。今回の処置は上に報告されるだろう。つまり、JR東海として事例を認識したということだ。特典を理解せず、理不尽なクレームで無理を通そうとする人たち。こんな面倒なユーザーばかりじゃ仕事にならん、と現場からクレームも上がるだろう。
やっぱりホームで始発を待つ
こんなことが続けば、現場の駅員さんたちが、青春18きっぷについて不快感を持ってしまうだろう。些細なトラブルが積み重なり、もし青春18きっぷが廃止されるなんてことになったら、私はその動きに加担したことになってしまう。もしそんなことになった時、アイツらのせいだ!と言う側になるか、言われる側になるか。言う側になろうとは思わないけれど、言われる側にはなりたくない。
リスクがあるからこそ破格の値段で提供されている。青春18きっぷはそういう企画切符である。使う側もそれを承知で使わなくちゃいけない。本来、青春18きっぷの利用者は、有効期間ぎりぎりの列車を選ぶべきではないし、天気予報だって確認しておくべきだ。価格と保証のトレードオフであって、ゲームに負けたらゴネちゃいけない。
運休や沼津止まりは確かに残念だ。しかし、JR東海としては安全の確保、線路の再点検が必要だと判断したかもしれない。乗客の安全確保の措置について文句を言われては立つ瀬がないだろう。
そもそも、私にとって浜松駅の判断が運命の分かれ目だった。あの時、直後の列車に乗り継げば、そのあとに乗り継いでいく列車は豪雨の富士川をなんとか通過し、あるいは沼津で抑止されることなく熱海にたどり着いたはずだ。乗り換え案内サイトで検索した場合、同じ到着時刻なら出発を遅く案内する。しかし実際は「行けるところまで先の列車に乗る」が正解であった。
始発列車の熱海行き
私はゲームの敗者として、そして常識人の勝者としてムーンライトながらを見送った。どうせ2時間後に始発が出る。肩身の狭い思いでムーンライトながらに乗るより、堂々と始発の各駅停車に座ったほうが心地よい。なにしろ朝の列車は景色が見える。東京行きの電車は、通勤する人々の活力が車内にみなぎっていた。
-…つづく
2011年08月31日の新規乗車線区
JR: 80.4Km
私鉄: 0.0Km
累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):18,527.0Km (81.70%)
私鉄: 5,686.9km (80.91%)
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