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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第449回:水の恵み、宮川 - 高山本線 越中八尾 - 高山 -

更新日2012/12/06



越中八尾から気動車に乗り、約30分で猪谷に着く。神通川沿いの線路だった。山肌は雪の白と森林の緑。冬に来た時には気づかない風景だ。もう一度乗ってよかったと思う。


JR西日本区間は新しいキハ120形の旅

猪谷着09時05分。この駅はJR西日本とJR東海の境界だ。私を乗せてきた新型のキハ120形と同じホームに、09時11分発のキハ40形が待っていた。国鉄時代の車両である。JR東海は自社の辺境にはそれなりの車両を配車する。JR東日本と接続する熱海もそうだ。東京側は最長15両編成、静岡側は3両編成。ゆったり座ってきた客たちはギュウギュウ詰めになる。それが辺境扱いだ。わかりやすい会社である。


神通川は雪解けを迎えた

7年前にあった神岡鉄道のホームがない。神岡鉄道は2006年に廃止されたから当然だ。神岡鉄道は猪谷駅の切欠きホームで発着していた。ホームがないとは正しくなくて、ホームはあるけれど線路が剥がされ、切り欠き部分には柵が立っている。諸行無常。そんなものかな、と思う。少年時代の私なら、泣きそうになるくらい寂しい思いをしただろう。年を取ると感受性が鈍るという話は本当だった。鈍るというより減る。失ったものと道連れに消えていく。生きるとは、知恵を得て心を失う業の繰り返し。それを人は「強くなった」ともいう。


猪谷駅。神岡鉄道の乗り場が消えていた

キハ40が動き出す。この猪谷から南、正確には、神岡鉄道との分岐点跡から先が未乗区間である。新しい景色を前に気持ちを引き締める。車窓右手の路盤が高くなっていき、向こうへ離れていく。そうだ。だから私はあの時、神岡鉄道は西へ向かうと勘違いしていた。実際はトンネルかどこかで交差していて、東の神岡鉱山へ向かっていた。高山本線は川沿いを行く。これは神通川の源流、宮川である。地図では細い線だけど、川幅は広い。

青い空、エメラルド色の水面。山肌は緑と白と茶色のまだら模様を描いている。雪解けのせいか水量が多く、雄大な景観である。JR東海が「ワイドビュー飛騨」という特急を走らせるだけの価値はある。川沿いの山岳遊覧の車窓が30分ほど続いた。打保駅の手前に水処理施設があり、奇妙な形をしている。なんだろうと思ったら、駅を出たところに小さな発電所があった。川幅が広いと思ったら、ここは小さなダムになっているらしい。よく見ると、小さな発電所がいくつもある。集落にひとつずつ、といってもよさそうだ。


宮川沿いの眺めはなかなか良い

トンネルも多いが景勝も多い。そんな道中が終わるようだ。小さな盆地に出て田畑、そして建物が増える。飛騨細江駅に着いた。杉崎、飛騨古川と町の中である。古川は飛騨市の中心地。飛騨市は岐阜県最北の市である。総面積の93%が森林で、2万6,000人の人々が宮川沿いに集まっている。山に囲まれた隠れ里のような雰囲気がある。車窓を観るかぎり、森林は多いが林業は盛んではないようだ。その代わり古川はろうそくで知られている。ろうそく原料の木は製材には向かないらしい。


角川(つのがわ)駅のそばにあった諏訪神社
長野県の諏訪大社の支社で、全国に2万5,000社もあるという

盆地が谷となり、また開ける。自然の門のような谷だ。ここが古川と高山の境目だったようだ。上枝駅のそばに日立の工場があり、看板にプラズマテレビと書いてある。日立はプラズマテレビから撤退、というより、テレビそのものの国内生産をやめてしまったと聞いている。看板だけが残っていて、いまは違うもの、一般消費者には縁のない部品などを作っているのだろうか。稼働してくれないと、地域の産業が衰退して困るだろう。飛騨高山は観光地として有名だが、観光専門で成り立つ都市は少ない。実業も必要だ。


古川駅で高山発猪谷行き普通列車と交換

気動車は町中を走り続ける。やがて速度を落とし、車窓に見える線路が増えて、高山駅構内に入った。白地にオレンジと緑の細帯のキハ40系が並んでいる。キハ40族の王国だ。国鉄型が並ぶ風景はいつまで続くだろうか。JR東海は武豊線を電化する計画で、そこに投入した新型ディーゼルカーが高山本線に転用されるという噂がある。

高山駅の駅前広場に観光案内所の建屋があり、日本人のグループや、外国人のカップルが市内散策の相談をしている。ここは国際的観光地だ。城下町として発達した飛騨高山は、小京都とも呼ばれ、日本の古き良き風景を持つ町として人気があるらしい。しかし、青春18きっぷでは訪れにくい駅でもある。高山本線の普通列車が少なすぎる。日中は名古屋から1時間に1本の特急が走り、これは適切だと思うけれど、名古屋方面の普通列車は10本程度。それも10時24分発から14時48分まで、4時間以上も空いている。


高山に到着。キハ40が群れている

しかし、高山本線に乗るからには高山で降りたい。4時間もあればたっぷりと見物できる。普通列車のダイヤにはそんな狙いもあるのだろうか。高校時代の私なら、鉄道以外に興味を示さずに、そのまま気動車に乗り続け、美濃太田へ向かっただろう。そうすると美濃太田に13時06分に着く。30年前なら岐阜で路面電車に乗って帰れた。

45歳の私は、躊躇なく高山で降り、どうにか4時間を過ごそうとしている。早く岐阜に行っても、もう路面電車は廃止されているし、鉄道だけではなく、町歩きや飛騨牛への興味も高まっている。感受性を失った大人は、そうでもしなければ心の隙間を埋められない。だから旅に憧れるのだろう。


観光客で賑わう高山駅

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)


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