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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第610回:夜明けの街の路面電車 - とさでん交通 伊野線 -

更新日2016/12/15


11月26日。午前5時。ホテルの部屋の窓から高知駅が見える。昨夜はホームと1階入り口の明かりしか見えなかった。夜明けになって少しずつ建物の輪郭がハッキリしてくる。きれいになったと思っていたけれど、その変わりようを見て、まぶたに力が入る。


ホテルの部屋から高知駅が見える

前回の訪問は2004年の春だった。高知空港に降り立ち、バスで高知駅にきて、ここからバースディきっぷの旅を始めた。あのころのごつごつとした地上駅舎は消えて、スッキリしたドーム型の屋根がある。

その駅舎に突き当たるように路面電車の発着場。位置は変わっていないと思われるけれど、南国風の情緒は消えて、華奢な造形に変わっている。これから大きくなりそうだと思った若い樹木はなかった。植栽には花が咲いていたけれど、今日は芝の養生が整っていない。もっとも、春と秋で植栽を比べれば、違った景色になる。

ホテルの玄関を出て直進すれば高知駅。まずはみどりの窓口へ行き、13時13分発の特急"南風16号"のグリーン券を買う。今日は徳島空港を夕方に出発する飛行機を予約している。逆算すると、もっとも遅い便が"南風16号"だ。これから高知の路面電車を踏破する。しかしすべて終わらせて13時までに高知駅に戻る。その意思を固めるための指定席だ。

高知の路面電車、土佐電鉄は、いや違った。先月からバス会社の高知県交通と経営統合し、とさでん交通に社名変更している。土佐電鉄もバス路線網を持ち、高知県交通と統合する構想があって実現しないままだった。しかし昨年、土佐電鉄社長が反社会的勢力の関係疑惑によって退任し、それがきっかけとなって高知地域の事業再編が行われた。

話を戻して、とさでん交通の電車路線図は東西方向と南北方向で十字を描く。交点ははりまや橋だ。東西方向はJR土讃線と並行している。南北方向は高知駅前と港を結ぶ。東西方向については、駅間距離の長い土讃線に対して、とさでんは停留所が多く地域の足となっている。

ルートを検討した結果、すべてをとさでんで巡ると時間がかかりすぎる。したがって、東西方向については往復せず、片道を土讃線に乗って効率を上げる。遊びの旅で効率とは無粋だけれど、今日で四国の鉄道を全線踏破したい。私はまずJRの改札を通り、高架ホームから05時38分発の窪川行きに乗った。


土讃線の窪川行き始発列車
1000形気動車

銀色に水色の車体の気動車が1両。運転席の窓の端が側面に回り込む。パノラミックウィンドウだ。そのせいか、なんとなく昔の地下鉄日比谷線に似た顔だ。客室は通路を挟んでクロスシートとロングシートの組み合わせ。座面と背もたれは深い緑と黄緑の組み合わせ。私が好きな色だ。

運転手は新人らしい。運転しながら、若々しく大きな声で信号を確認している。高架区間で街を見渡せるはずだけど、まだ暗い。旭駅から乗って、海側のロングシートに座ったおっさんが、窓のスクリーンを降ろしてロングシートに横たわり、すぐに眠ってしまった。朝日に起こされたくないらしい。旭から乗って朝日を拒むとはいかがなものか。


車内はクロスシートとロングシート

車窓から朝日を望みたい。しかし伊野駅に到着しても暗かった。空の高見に雲の形がわかる程度。朝焼けにもほど遠い藍色である。改札口を出て、片側1車線の国道の交差点を渡り、次の交差点が電車通り。伊野駅前という電停がある。終点の伊野電停のひとつ手前だ。

もう始発電車が走り出しているけれど、端の駅から乗りたいと思って伊野電停まで歩いた。わずか200mの距離である。高知駅方面からの始発電車が来ているはずだけど、電車はなかった。単線の線路が、伊野電停の手前だけ複線になり、電車のすれ違いができる。終点の伊野電停から見て左へ分岐する線路がある。なんだろうと思って辿っていくと、途中で線路は終わり駐車場があった。過去に電車の車庫があったようだ。


早朝から空いているうどん屋さん、ではなく、伊野駅の駅舎

伊野電停には駅舎がある。木造で、白壁に腰板。待合室からは暖かな色の明かりが漏れてくる。洒落たうどん屋のような構えである。朝食がほしくなってきた。本当にうどんを作ってくれたら絶対に食べる。しかし椅子と観光案内のパンフレットがあるだけだ。駅員もいない。運転士さんの休憩所も兼ねているようだ。

やがて電車が2台、続行運転でやってきた。はりまや橋から06時09分に予定の1番電車と、その次、06時10分に到着予定の電車だ。7分の遅れである。運転士さんがいて、手前の電車にどうぞと案内された。線路の構造上、後から来た電車が先に出る。06時15分発文珠通行き。これが上りの始発電車だ。少し遅れて出発した。


始発電車が続行で到着

外が未だ暗いから、車内の明かりがまぶしく感じる。窓ガラスに車内が映り込んで景色が見えない。行動開始するには早かったかな、と思ったけれど、朝はすぐにやってくる。しだいに空の色が藍色から群青色、深い青に変わっていく。街灯と信号機の強い光。しかし、空から光を受けて、2階建ての家屋の壁は見え始めた。まだ人々は眠っているようで、窓は閉め切りカーテンで塞がれている。

運転士が乗り込み、プシューという音がして、次にポンポンとコンプレッサー音が街に響く。扉が閉まり、電車は私だけを乗せて走り始めた。ゴトゴト、ゴツゴツと車輪の音に突き上げられる感覚。路面電車の音が、街に朝の到来を告げていた。

線路のある道が国道と合流する。しばらく走れば、ようやく路面が見える明るさになった。路面電車であるけれど、このあたりは路肩のような場所を走る。ここから朝日は本気で照らし始める。国道を併走する車も増え、赤いテールランプの群れが遠ざかっていく。

国道の向こう側に土讃線の線路が近づいて並んだ。しばらく並び、川を渡ったところで離れていく。その間、いくつか電停で停まるけれど乗客はいない。それでも電車は律儀に停まり、運転士さんは電停付近を確認している。その作業の連続が続いた後、ゴツゴツとポイントを渡って電車が停まった。ドア開閉はなし。運転士さんが外に出て、黄色く丸い看板を持ち込んだ。タブレットのようだ。


信号所で運転士さんがタブレットを取りに行った

その先で八代通という電停に停まった。おばさんがひとり乗ってきた。私以外の最初の客だ。電車は幅広の道路を横断する。電停に停まるたび、ひとり、またひとりとお客さんが乗ってくる。始発電車をアテにしている人がいる。土讃線のガードをくぐって線路の位置関係が変わる。


後部から撮影 線路が改修されている

朝倉神社前を過ぎると、軌道は右前方へ進路を変える。道路を斜めに横断して裏通りに入り、朝倉駅前電停に停まった。線路はずっと単線で、次の朝倉に交換設備がある。ここで運転士がタブレットを交換した。

裏通りと軌道が並び、左へ曲がると大きな交差点を横断する。緑地帯があり、横断方向はアンダーパスになっている。交差点の先で、左から2車線の道路が並び、線路は右側の2車線と挟まれて長い鉄橋を渡る。鏡川である。道路がピッタリと並んでいる。線路だけが単線だ。しかし堂々としたもので、電車は中央を進んでいった。


鏡川を渡った

橋を渡り終えて、線路は4車線道路の中央を維持。右にカーブして鏡川橋電停に着く。ここから複線区間になった。人家の密度が濃くなり、建物も大きくなっている。新しめの高層マンションもある。雑居ビルも増えて視界は遮られた。やがて沿道はビル街に変わった。高知城前という電停を通っても城の様子はうかがえない。車窓はすっかり明るく、商店などが増えて賑やかになった。


高知城電停付近はオフィス街

7時頃にはりまや橋電停に着いた。この電車はもっと先へ行くけれど、終点に着くまでに乗り換えが必要。ならば、はりまや橋で降りて後続の後免行きに乗ろう。せっかく高知にきたからには、はりまや橋を見物したい。


はりまや橋に到着。伊野線の起点だ

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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