第三十二回
風姿花伝 その五
奥儀讚歎云(おうぎにさんたんしていわく) その一
そもそも、これまで風姿花伝と称して述べてきたさまざまな事柄は、基本的に表ざたにするようなものではなく、子孫のために親が子に伝える庭訓(ていきん)として書き記したものであるけれども、あえてそのようにしようと思った本意というのは、最近、この道に従事する者たちを見ていると、芸を嗜(たし
な)むことを疎かにするばかりか、道に外れたことばかり行っていて、たまたま芸の本質と触れ合うようなことがあったとしても、単にその場限りの、一瞬の
無意識の内の悟りのようなものであって、かりにそれで名を成して成功したとしても、それに染まってしまい、河の流れに例えれば、源がどこかということを忘れてしまって、流れそのものを見失うというようなことが多く、このままでは、この道がここで廃れてしまうと嘆くからこそのことにほかならない。
つまり、道を嗜み、芸を重んじ、私心をなくして励めば、かならずやその成果を得ることができるはずと思うからである。もちろん、この芸の場合、風を継ぐといっても、自分の力が自ずと表れる振舞(ふるまい)もあり、言葉で伝えることが難しいところもある。
ただ申楽というものは、古代から伝え遺されてきたことが、心から心へと伝えられていく、そういう花であり、それ故、風姿花伝と名付けた次第である。
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