最終回: マニアとおたく
相対的価値観と創造
更新日2002/04/09
台北での地震(3月31日)を目の当たりにして帰国すると、日本は2月に戻ったかのような寒さ。凍えながら東京に戻る。スタッフが淹れてくれたお茶がやけに美味しい。「さあ、さあ、明日から仕事に戻らなければ」、なんて暖房の温風に身を任せていると……。ピロピロ!と来客を告げる電子音と共に自動扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
店のスタッフが明るく声を掛ける。
「……」
お客様は無言でうつむいたままだ。
「喫茶をご利用でしょうか? 茶葉をお求めでしょうか?」
狭い店内なので、残念ながらお客様が動ける空間は限られてしまっている。
「……」
お答えにはならない。
誤解を恐れずに申し上げると、私は「お客にもマナーが必要」だと思っている。馴染みの寿司屋に行く際にも、無理な要求は決してしない。バーのカウンターに腰掛ける時にも、他の客の邪魔にならない程度にバーテンとのやりとりを楽しむ。
茶葉の買い付けの際にも十分気をつける。茶園の茶葉には許可がない限り決して触れない。購入不可能なグレードのものにはきちんと理論で説明し、相手にも納得して頂く。マナーの上に成り立ったコミュニケーションの積み重ねが、生き方を豊かなものにすると考えているからだ。
くだんの「無言氏」に話を戻そう。カウンターに座ると新人の従業員を捕まえて、自分の中国での生活(彼は中国駐在だったらしい)を1時間近くお話になり、その後日本にある他の茶店の悪口を話し始めた。おそらく彼は「お茶おたく」なのであろう。「文人相軽んず」といって、なかなかお互いを認め合わないのは常ではあるが、その域を遥かに越えていた。
他店の悪口でニンマリするほど、私は単純でも馬鹿でもない。その店が自分に合わないのならば、静かに去ればよいのである。少なくとも私の店で他店の悪口は聞きたくない。
私は「おたく」と呼ばれる人の中に潜む「私は対人関係を築くことが苦手なのですが、僕(私)はこんなに色々と物知りなんです。今の所、他人を批判(認めない)ことでしか表現できませんが、どうか、こんな僕を認めて下さい!」といった負け犬根性の片鱗を見た時に非常に悲しくなる。
「マニア」と自他共に認める方には、なかなか素晴らしい方がいらっしゃる。ベクトルが「他者」よりも「自分」に向いている分、非常に精神衛生がよろしいのであろう。「お茶が好きで好きでたまらない」マニアは憎めないのだけれど……。
「芸術家でないものは宗教を持ちなさい」とはある芸術家の残した言葉だが、ある意味「マニア」の方は「お茶」がある種の宗教の域にまで達していらっしゃるのだろう。
車ではポルシェマニア。バイクではカワサキマニア。ブランドものではルイ・ヴィトンマニア。お茶でなくても、マニアがこうじて一種の宗教になってしまった世界は沢山存在する。決して悪い事ではないと思う、が……。一つだけ気にかかることがある。それは「相対的価値観に縛られている」ことがないだろうかという点だ。
「シャネルよりエルメスが好き」「ポルシェよりフェラーリが好き」「慶応より早稲田が好き」「トキオよりスマップが好き」「イスラエルよりパレスチナが好き」「鈴木宗男より小泉首相が好き」等々。その理由は?と尋ねれば、きっとパートタイマーの評論家達は見事なまでの批評、批判を繰り広げるであろう。では、その判断の基となっている基準は何なんですか?その判断、相対的価値観に縛られた判断じゃないんですか?
そこまで熱くならない方はきっと「自分」の生き方、感じ方を中心に持っていて「強いて私が言うのなら」「私が比較的好きなのは」「私の趣味に近いのは」といった具合に「私」を主語に語る方なのだと思う。
しかし、その「私」を支えるのにも困難が伴う。「知」を「血」に流して「地」に繋げるためには、何よりも努力が自明になってくる。
自称、他称、「おたく」や「マニア」の方に申し上げたい。高く登れば登るほど、下へ下がる努力も必要なですよ。「地」に着かない限り、ただぬるま湯の中に浸っていると非難されても仕方がないと私は思うのです。
いささか話は飛躍するが、私は「茶」を飲む時にいつも感じることがある。サンプルで届く恐ろしく不味い茶葉にも確実に存在し、素晴らしく出来の良い茶葉にも存在し、私に訴えかけてくる何か。
やはり、「よりよく生きる」このことなのだと思う。
まずい茶を飲めば、「こんな風に腐っちゃだめなんだなあ」、施肥に注意を払った茶を飲めば、「食生活に注意しよう」とも思うし、香料で誤魔化した茶葉を見ると、「化粧をするほど自分から遠ざかる」と言ったメイクさんの言葉を思い出す。
マグカップで気軽に楽しむ茶も私は大好きなのだが、多少の手間はかかるものの、磨きぬいた茶壺(急須)に茶葉を入れ、しっかりとじっくりと「茶を味わう」理由はこんな所にあったりするのかなと思ったりもする。
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