「『中国茶』じゃないの『台湾茶』。何回言ったら解るんだ?お前!」
台北で茶の卸をしている黄は語気を荒げる。
「日本じゃねえ、『台湾茶』って言ったって訳わかんない人がほとんどなの!鉄観音と烏龍茶の区別だってチンプンカンプンなんだから。いいじゃないか『中国茶』で」
「じゃあ、質問だ。梨山(最高級の高山茶の産地・台湾にある山の名前)で採れるお茶も『中国茶』かい?」
「そうだよ。もちろん日本じゃ『中国茶』って呼ばれるんだ。烏龍茶=中国茶。それぐらいの認識しか日本人には無いんだから。気分悪くするだろうけど、いまだに『支那茶』なんて呼ぶ人だっているくらいだ」
「お前に売るお茶はここにはないね!俺が売ってるのは『台湾茶』なんだから」
「嘘もつき通せば真実になるって誰かから聞いた事があるけれど、俺ね、気になってることがあるんだよ。台北で一番の老舗って言ってるあの店にね、大陸からの表彰状が何枚も飾ってあるんだよ。『大陸産のお茶を、沢山買ってくれてありがとさん!』って表彰状がね」
「そりゃ、奴さんの所は大陸から買ってるさ。誰もが知ってることさ。安く売るためには安い大陸の茶と混ぜなきゃ利益は上がらない。当然じゃないか」
「あんたの所はどうなんだい?」
「買ってないとは言わないよ」
「正直は一生の宝だ。じゃあ、もう一つ質問」
「何だよ。」
「焙煎器の脇にあった香料のボトル。あれなんだい?」
「香りを付けているのさ。苦労したんだぜ、甘い香り。日本人好みの香りにするのに!」
「『台湾茶』『中国茶』以前の問題じゃないか着香なんて」
「日本の友達。良く聞いてくれよ。着香は技術なんだ。ヨーロッパじゃ当たり前じゃないか。人体に影響のない薬品で香りを再現するんだ。古く売れ残った茶葉ももう一度売ることができるんだ。それも高い値段で。良かったら譲ってやるぜ。香料」
「そんなお茶なら要らないね。東京の新宿や渋谷でいくらそんなお茶が売れていようとも、俺の店は食のプロが集まる築地にあるんだ。素人騙して金の為なら何でもやるって考えは俺には無いから。あんたら『中国人』みたいに」
「俺は台湾人だ!中国人じゃない!」
「熱くなるなよ。黄さん。とにかく郭さんに紹介されたから寄ってみたけど残念だった。あなたの所からは茶は買えない」
店を後にしてタクシーを拾う。とかく台湾人は『中国茶』という表現を嫌う。『台湾茶』なのだと強調する。更に突き詰めれば産地を強調する。それぞれの茶の産地には農協の様な組織があり、産地の農家を保護する為にも他の産地との違いを強調する。俺達が作っているのは『台湾茶』なのだと。
しかし、だ。ここ日本では『中国茶』との呼び方が一般的で『台湾茶』も『中国茶の中に含まれる台湾茶』との認識が一般的である。中国茶は烏龍茶であり鉄観音でありジャスミン茶。これからある飲料メーカーで発売される中国の緑茶の出現によって、『中国茶』の認識も少しは変わるだろうが、やはり『台湾茶』との呼び方が市民権を得るには時間がかかりそうだ。
原因はいくつか考えられるが、まず、日本で販売されている台湾茶の中には嫌味なほど、着香されたあるものがあること。大陸産の茶を混入させているものがあること。不信感は否めない。まあ、これはマイナスの要素。そして比較的価格が高いこと。これは十分理解できる。経済大国台湾で生産されたお茶には相当のコストが掛っていることはもとより、品種や土壌の改良にも大変な人力と費用が掛っている。
素晴らしい台湾茶を買おうと思ったらそれなりの出費は覚悟しなくてはいけない。しかし、価格が高いものが良質のお茶とも限らない。着色・着香を見極めて不自然な茶葉は買わないことだ。
自然を、大地を、命を、そして天候に感謝して『茶』を愉しみたい。 『美味しさ』だけを追い求めれば、その欲望の先には大きな落とし穴が待っているかも知れないから。
私なりに茶葉を購入する際のポイントをいくつかご提案させて頂く。
1) 店の看板に騙されないこと
どうも日本人は「看板」に弱い。自分のことなのに重要なことを他人任せにしてしまう。 ムラ社会の名残なのだろうが「老舗」「マスコミでの紹介」「本の著者」なんてのにコロッといってしまう。詐欺師が良く使う肩書きが「大学教授」ってもの頷ける。
「茶」に対する自分の基準をしっかり持ちたいものだ。いくら店が「これがお勧め」「これが美味しい」と勧めても、自分が不味いと思えば不味いのだ。お客の価値観を無視するお店とはお別れしよう。
大概、本物は「目立ちたがり」ではないし「価値観の押し付け」などしない。
2) あいまいなことを言うお店はめようとする者は「あいまいさ」でごまかすことが多いものだ。仕入れルートに自信を持っていれば正確に商品の説明ができる。
3) インチキ商売人
事実、昨日まで香港でペンキ屋(塗装業)を営んでいたものが今じゃいっぱしの顔をして雑誌のインタビューに答えている様を見ると「日本人って外人に弱いんだな」と再認識してしまう。「本場の人がそう言っているのだから間違いないだろう」と情報を鵜呑みにするのは安易ではなかろうか。むこうだって商売なのはわかる。ただし、もうかれば何をやっても良いというわけではないと思う。
インチキ商売人には注意しよう!
今回は「暗い面」を多く取り上げてしまい「爽やかさ」に欠けてしまったコラムになってしまったことを反省したい。しかし、「誤り」を「責任感」のかけらも無く公表してしまうマスコミにも苦言を呈したい思いが日に日につのる。「相手は素人なんだから、解らなければ何でもあり」的な仕事をやっていると、そのうち手痛いしっぺ返しがやってくる筈だ。
ワインブームの時に「正しく」「愉しみ方」を提案した店がどれだけあっただろう? ブームが去った今、NORARIのコラムでワインの愉しみ方を紹介するコラムを見つけた時、少し、嬉しくなった。
→ 第3回:泡茶における「工人」指向と「文人」指向