第7回:ボランティアのホントの意味
更新日2001/05/22
「ボランティア」と聞いて何を思い浮かべるだろう。無償で働くこと。余暇の一環としての活動。そんなものだった。その言葉にまつわるそこはかとない偽善や、微笑みながらの有無を言わさぬ押しつけ、などというイメージさえ持っていた。マザーズクラブに入るまでは。日本にいた頃は。
しかし、じつに「ボランティア」というのは、「自らの自由意志によって、自分の労力と時間を無償で提供すること。奉仕すること。時には経済的な援助も伴う」ことだ。自分が、労力と時間、そしてときにはお金も出すと覚悟を決めた以上、みんな真剣だ。遊びでやっているわけではない。しかし、同時にみんなその「仕事」を楽しんでいる。
たとえば、イン・ア・ピンチだ。これに登録した場合、ときには会ったことも話したこともない人のところへ食事を持っていくこともある。材料代やガソリン代を払って貰うわけでもない。それをしたからといって、なにが得られる訳でもなさそうだった。強いて言えば自己満足感かなと。けれども、そうではなかったのだ。
実際にイン・ア・ピンチで食事を作って誰かに持っていった人は、マザーズクラブの月例会で配られるニューズレターの「Thank
you」コーナーに名前が載る。今月はジェインがクラブにクーラーボックスを寄付してくれました、とか、今月の新入メンバー歓迎会を開いてくれたバーバラに感謝!とか何かしらクラブの活動に貢献した人の名前が載るコーナーだ。
ある月のこと、イン・ア・ピンチで知らない人に夕食を持っていったら、その「Thank you」コーナーに私の名前が載っていた。それを同じプレイグループのイボンヌが見つけて、「Kaori!
You did In-A-Pinch! I am so proud of you!」と言ってくれた。「今月のイン・ア・ピンチをやったのね。偉いわ!」という感じ。「あなたのことを誇りに思う」という親密な間においての最高のほめ言葉である。続けて、彼女は「あなたのように活動的なメンバーが同じグループにいて、私はとても嬉しい」という意味の言葉をくれた。
そのときに、私はふと気づいたのだ。自分の社会的な評価というのは、こうしたボランティアワークの積み重ねで築かれていくのだと。まさに「情けは人のためならず」である。他人のために自分ができること、人の手助けになることであれば、それをする。それによって自分の社会的な信用や評価が決まる。そして、そういう積み重ねがあれば、自分が困ったときに人は思いがけないほど親身になって報いてくれるのである。
→第8回:ボランティアってこういうことだったのか!