■ダンス・ウィズ・キッズ~親として育つために私が考えたこと

井上 香
(いのうえ・かおり)


神戸生まれ。大阪のベッドタウン育ち。シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコ郊外シリコンバレーと流れて、湘南の地にやっと落ち着く。人間2女、犬1雄の母。モットーは「充実した楽しい人生をのうのうと生きよう」!


第12回:2歳は最悪

更新日2001/06/26 


アメリカでは2才のことを「Terrible Two」と呼ぶ。「最悪の2才」という意味だ。上の娘が2才になったとき、ミッシーとトーリーは悪戯っぽくニコニコ笑いながら、「ほんっとうに、おめでとう。これでタマキもterrible twoね!!」と私に言った。「それ、なあに?」と呑気に聞くと、「知らないの!? まあ!! Terrible Twoを知らないの?」 これは一大事とばかりに、しかしなぜだか嬉しそうに説明してくれた。

2才というのは、「赤ちゃん」と「幼児」のボーダーラインである。子どもは2才前後で言葉によるコミュニケーションを覚え始める。行動範囲も広がり、それまではいつも母親がいないと何もできなかったが、2歳を過ぎると自分でいろんなことができるようになってくる。興味の範囲も広がってくる。つまりそれは子どもに自我が芽生え始めた証拠である。子どもの成長にとっては、大きな第一歩を踏み出すわけであるが、じつは母親にとっては最悪の一歩の始まりだ。つまり、「自我の芽生え」イコール「母親の言いなりにはならない始まり」だ。ここに、親と子の終わりなきバトルの火蓋が切って落とされるわけである。

ミッシーとトーリーの二人は芝居ががったくらい大げさに代わる代わる説明してくれた。「でも、どうして、さっきからそんなに嬉しそうなのよ?」と聞くと、トーリーが喜々として「だって、カオリの怒るところが見られると思うとわくわくするじゃない」と言うのだ。よく聞いてみると、なんとプレイグループのメンバーの間では「カオリは絶対に怒らない。タマキに対してキレない忍耐強い母親だ」ということになっていたそうだ。噂というのは勝手なものだ。

プレイグループのメンバーにも共通していえることだが、アメリカ人の母親が子どもを叱るときに手を挙げたところを一度も見たことがないし、声を荒げたところすら見たことがなかった。だから「アメリカの母親ってなんて忍耐強いんだろう」と思っていたのだ。だから、トーリーとミッシーにそう言われたことは意外だった。「私こそ、みんながなんて忍耐強い母親なんだろうって感心してたのよ」と言うと、二人は顔を見合わせて吹き出して笑った。そして「貴女は、まだまだ私たちを知らないわね。アメリカ人の母親っていうのは奥が暗くて深いのよ」などと、意味ありげなことを言うのだ。アメリカ人の母親の実態を知るにはもう少し時間がかかるらしい。

「ほんと、あなたたちのいうとおりだわ。2才って最悪」 それからしばらくしてTerrible Twoをうんざりするくらい体験することになった私は、トーリーにげっそりしてそう言った。すると、4才と2才の男の子の母親である彼女は涼しい顔をしてこう言ったのだ。「ふふふ。まだまだ甘いわね、カオリ。よーく聞きなさい。2才なんてホントは可愛いものよ。2歳半はちょっときついって感じ。3才は最悪ね。でもね、3歳半はまるで悪夢よ!! まあ今のうちに2才の可愛いタマキとの毎日を楽しむことね!」

恐ろしいことに、彼女の言ったことは真実だったのだ。それからミッシーと私のTerrible Twoな日々が始まったのである。

 

→ 第13回:いまアメリカで一番流行の叱り方