■ダンス・ウィズ・キッズ~親として育つために私が考えたこと

井上 香
(いのうえ・かおり)


神戸生まれ。大阪のベッドタウン育ち。シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコ郊外シリコンバレーと流れて、湘南の地にやっと落ち着く。人間2女、犬1雄の母。モットーは「充実した楽しい人生をのうのうと生きよう」!


第20回:子どもの将来に何を望むか

更新日2001/08/21 

私の母は、大阪で「子育て・自分育て」をテーマにしたニューズレターを隔月で発行している「ゆうゆう」というグループの代表をしている。その母に、アメリカのお母さんの子育てについて、友だちにインタビューして欲しいと頼まれた。早速、プレイグループの友達や近所の人にインタビューを御願いした。

みんな快く応じてくれ、それぞれがとても興味深い話を聞くことができた。どの人も私の個人的な友人で初対面ではなかったせいもあって、表面的なことばかりではなく、その人自身の生い立ちや、バックグラウンドについてもみんな包み隠さず話してくれたことに今でもとても感謝している。

なかでも、とても印象的だったのはイボンヌとのインタビューだ。彼女は、両親が幼い頃に離婚して、彼女を含む3人姉妹は母親とその夫の母親に育てられた。彼女の父親は、薬物中毒になっていたので、ほとんど顔を合わせることはなかったと言う。母親は最初は生活保護を受けながら、勉強をして看護婦になり裕福ではないにせよ、「普通の生活」を子どもたちに与えてくれたことを感謝しているし、生活保護を受けないで生計を立てられるように自力で努力したことを尊敬している、とイボンヌは言った。アメリカでは生活保護を受ける経済状況に陥ると、なかなかそこから抜け出せる人はいないのだ、なぜなら、ある程度の生活はそれで成り立つから、と彼女は付け加えた。

そして、彼女は現在2人の男の子の母となり、カナダ人の優しい夫と4人で広々としたバックヤードのある可愛らしい一軒家に住んでいる。

現在の彼女自身の子育てについて、いろいろ話を聞いたあと、最後の質問として、「あなたはトレバーとギャレット(彼女のこどもたちのこと)にどんな大人になって欲しい?」と聞いた。そうすると彼女は間髪入れず、「子ども達には幸せな人になって欲しい」と言った。

じつは、私はその質問をしたときに、例えば学歴や経済状況と言った今思えばきわめて世俗的な現実的な答えを期待していたように思う。だから、彼女が一切の迷いもなく「幸せになってほしい」と言ったときに虚をつかれたような気がした。そして、学歴や経済状況などと言うことを思っていた自分が恥ずかしくなった。でも、彼女の思い描く「幸せ」が何かということが漠然としていたので聞いてみた。「幸せを構成するものは色々あると思うのだけれど、その幸せの要素って何かしら」

するとイボンヌはこう言った。「それは、自分自身にプライドを持っているということではないかな。自分の今置かれている状況に満足しているということ。もちろん、そのためにはある程度の経済的な安定とも必要でしょうけれど、そして、その経済的な安定のためにはある程度の学歴も必要でしょうけれど。でもね、たとえば子ども達が経済的には貧しくても、『ああ、幸せだな』と感じて生きているということが私にとっては一番大事」と。

ちょっと恥ずかしいけれど私は目が潤んでしまったのだ。ふと目を向けると、環とトレバーとギャレットはシャボン玉を追いかけて、きゃっきゃとはしゃいでいる。そのときに思ったのだ。「環がずっと今のようにシャボン玉をきれいだと思って、それが飛んでいく様子を眺めているのが楽しいと思える人生を歩んでいって欲しい」と。

環が病院で産まれたときに、まず看護婦に聞いたのは「どこにも悪いところはありませんか」だった。そして、「大丈夫よ。五体満足なきれいな赤ちゃんよ」と聞いたときには感動して涙が出た。そして、夫とこう言いあったのだ。「将来この子が大きくなって例え容姿が悪くても、勉強ができなくても、健康でさえいてくれたらもう他に何も望むことはないよね」

それなのに、やっぱり私は「子どもの将来」という言葉に惑わされていたのだ。イボンヌに話を聞いて、「初心忘するべからず」と心に刻んだ。

 

→ 第21回:3人目問題