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■ギュスターヴ・ドレとの対話 ~ 谷口 江里也

更新日2019/08/01

 

第16回: ドレ的な表現 2 群 像


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あなたは群像を描くのが得意でした。この絵はテニスンのアーサー王をテーマにした十二の詩の一つ『ヴィヴィアン』のなかの、アーサー王の後ろ盾であった大魔術師マーリンの回想を描いた場面です。ありえないほど多くの兵士が沈みゆく船の上でひとかたまりになって戦っていますが、構図がしっかりしているために、また波や船などのディテールが極めてリアルに描かれているために不自然には見えません。

現実にはあり得ないような幻想的、あるいは超現実的な場面を構図の安定感やディテールの確かさによってリアルに見せるのは、多くの絵のなかであなたがよく用いるマジックです。後にダリなどのシュールレアリストたちが展開したのもこの方法です。

絵の不思議さは、例えば一枚の絵の中にリンゴが描かれていた時、ハイパーリアリズムのように超リアルに描かれていようと、かろうじてリンゴとわかる程度に描かれていようと、どちらも一枚の平面の上に人の手によって描かれた食べることなどできない絵にすぎません。しかし人はなぜかその絵と自分の知る実際のリンゴとを重ね合わせて感じ取るイマジネーションという能力を持っています。絵はその力によって成立しています。逆に言えば、イマジネーションを豊かに喚起させる絵こそが絵らしい絵なのだと言えるかもしれません。

あなたの絵における群像は、あくまでも絵に動的でダイナミックな感覚をもたらすための効果的な方法の一つであって、そんなことがありうるのか、というようなことは実は二の次です。大切なのは絵が持つ力です。


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たとえばこの絵は、第四回で触れた『神曲 地獄篇』のパオロとフランチェスカが中空を彷徨う地獄の第二層を描いたものです。情愛のために道を誤った無数の魂たちが風に吹かれて群れをなして漂っています。手前にはあまりの凄まじさに気を失ってしまったダンテの姿が描かれています。

つまり、そのような罪を犯した人々の数のあまりの多さ、犯した罪のせいで永遠に風に翻弄され続ける痛ましさにダンテは気を失ってしまったわけですけれども、おびただしい群像はダンテが受けたショックの大きさを演出するための背景です。

また手前の大きく描かれたパオロとフランチェスカからはるか彼方の目に見えないほどの大きさで描かれた人々のあたりまでうねるように渦巻きながら連なる群像の描き方が、この空間の果てしなさと彼らを吹き飛ばす風の流れや哀しさを感じさせる働きをしています。

このような遠近法とデッサンの確かさ、そして群像と何かとを対比させる巧みな構図を、あなたはさまざまな絵の中で用いています。


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この絵は、『失楽園』の中の、一時は攻勢に見えたルチフェル率いる叛乱天使軍が、神の天使軍の反撃にあって総崩れになる場面です。ここでも手前の群像と遠くにある群像とが、中心の虚空のような暗がりの周りを絶妙なバランスで吊り合う形で、渦巻くようにして描かれています。細部に目を止めなければ、空間を遠近感や面で表現した抽象画のようにさえ見えます。つまりあなたは、絵画は突き詰めれば、線と面と光や濃淡の表し方によって成立する魔法だということをよく知っていたのでしょう。

 

ほかにもこんな絵があります。これは『神曲 天国篇』のなかの、善き魂たちがダンテに向かって歌いながら舞い降りてくる場面です。ここではあなたは群像を利用して、視覚的リズム感を、すなわち天女のような姿をした女性の魂たちをどこまでも連続させることで表現しています。

まるでスケールを少しづつ変えてペーストを繰り返すデジタル処理したかのような群像の描き方ですが、画面の下方には何もなく、一番上の群像が光源のように描かれていることで、軽やかな浮遊感と群像が前進してくる感じが巧みに演出されています。

もしあなたが現代の技術を使って『神曲』をデジタル映画化したら、どんな作品ができるだろうかと、つい思ってしまいます。群像を描くということは動きのある人間的な時空間を描くことですから、音楽と映像と物語とが一体になった、さぞかしエモーショナルでダイナミックな作品になるに違いありません。

 

ちなみにかつて私があなたの『神曲』の絵を用い、アバンギャルド・ロックバンドの生演奏に合わせて、猛スピードで三面マルチの大画面に画像を投影する一時間のライブパフォーマンスを行った時に、お客さんに物語の概要をわかってもらうために、ところどころに一行の文章やシンプルな言葉を入れ込みました。

すると面白いことに、大音量の音と目まぐるしく変わる画面という、視覚と聴覚とが強烈な刺激を受け続ける中では、たまに目に入ってくるほんのワンフレーズの言葉を読み取るということが、その言葉を書いた私にさえ妙に難しく、基本的には頭で理解しなければわからない言葉が、意味としてではなく、言葉の持つ原始的な力のようなものとしてしか感じられないという経験をしました。

つまり、映像と音だけであればどんなに展開が早くてもなんとかなるのですが、そこに不意打ちのように意味を持つ言葉が入ると、こんがらがって頭がクラッシュしそうになります。

そこにさらに映像と音が重なると、目と耳と脳とではなく、もはや全体の流れの中に心身を委ねて何かを感じ取るしかないような感覚にとらわれました。そしてその時、あなたの絵の空間性と時間性、つまりは物語性と臨場性と音楽性の高さにあらためて驚いたことでした。


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もう一つ大勢の人を描いた作品があります。『ドン・キホーテ』の中の一場面です。ここではあなたは画面を人で埋め尽くしています。よく見れば、登場人物たちは実に細かく描かれていて、それぞれいろんなことをしています。これはもう挿絵の範疇を超えてしまっています。

真ん中のあたりにドン・キホーテが小さく描かれていますが、この絵においてはあなたの興味は、とにかくできるだけたくさんの人々をユーモラスに描いて画面を人で埋め尽くすというアイデアに没頭してしまっているようです。こんな面倒なことを喜んでやる人が一体どこにいるでしょう。とにもかくにも絵を描くことが、それも誰にもできないような熱意を持って絵を描き続けることが大好きだったのだと思うしかありません。

天性の画家、というよりあなたは、絵を描くことを商売とする通常の画家の常識のようなものをはるかに超えてしまった、あるいは当たり前のように踏み外してしまった表現意欲のかたまりのような表現者だったように思われます。不思議なほどの情熱です。ただそうでなかれば古典文学の世界をことごとく視覚化するなどという無鉄砲なことは、とてもできなかったかもしれません。


16-05

 

-…つづく

 

 

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー

第1回:ドレが描いた最初の絵
第2回:アリとキリギリス
第3回:才能と表現力の告知
第4回:自ら切り拓いた道
第5回:幻想の共有
第6回:ドレの肖像写真
第7回:私がみた最初のドレの絵
第8回:美しい悪魔
第9回:ペローの昔話
第10回:風刺画
第11回:ドン・キホーテ
第12回:ロマン主義
第13回:クロックミテーヌ伝説
第14回:神曲 煉獄篇、天国篇
第15回:ドレ的な表現 1 ライティング


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