アルザス・ロレーヌ地方
アルザス・ロレーヌ地方は、文化的にはアルザスがドイツ語、ロレーヌがフランス語文化圏という違いはありますけれども、どちらも個性的な文化を持っています。現在EUの本会議場があるアルザスの中心都市ストラスブールが、道の街、という意味であることからもわかるように、スイスからフランドルをつなぐ交通路であるライン河を挟んでフランスとドイツが向かい合い、さらにスイスの山を越えればイタリアに至る、ヨーロッパの南北と、フランスとドイツという東西をつなぐ交通の要で、また鉄や石炭や木材や岩塩などが豊富なため、歴史的には、この地方を支配化に置くためのドイツとフランスとの争いが絶え間なく繰り返されてきました。逆に言えば、だからこそ現在、ストラスブールなどがヨーロッパの統合の象徴として極めて重要な場所となってもいるのでしょう。
商工業が盛んで優れた職人も多く、グーテンベルクの活版印刷機はアルザスのストラスブールで組み立てられ、1455年に世界で初めての聖書の印刷が行われました。
交通の要所だということは、ヨーロッパのあらゆる情報が行き交う場所だということでもあり、文化レベルが非常に高く、ユニークなアーティストを輩出しています。ジャック・カロや、イラストレーションというジャンルを確立し、シュールレアリズムの手法を先駆けたイラストレーション界の大スターJ・J・グランビル(1803~1847)、さらにはアールヌヴォーの時代の硝子工芸職人エミール・ガレ(1846~1904)などもナンシーの出身ですし、ギュスターヴ・ドレ(1832~1833)はストラスブールの出身です。
早熟だったカロ
カロ少年はどうやら自立心が旺盛だったようで、11歳の時にイタリアに行くために家出をしています。これは親友のイスラエル・アンリエがローマに行ったことに刺激されたこともあるでしょう。アンリエの父親はシャルル3世付きの筆頭宮廷画家ですし、カロの父親も紋章官でしたから、周りにアーティストやその仕事ぶりを見聞きする機会が多く、幼い頃からアートに関心があり、自分もアートを仕事にと思えば、やはりローマに行くのが一番と、思ったのでしょう。
14歳のときにも再び家出をしてイタリアに行きましたが、結局ナンシーに連れ戻されて、金銀細工師ディマンジュ・クロックの工房に修行に出されました。彼はロレーヌ公国大公シャルル3世の印鑑を彫ったほどの人ですから、腕は確かだったのでしょう。ちなみにディマンジュ・クロックの父親は、紋章官だったカロの父親の前任者です。
さて、カロが仕事としてクロックの工房で働いていた時に彫った、記録が残っている限りにおいて最初の、カロの版画作品を紹介します。1607年と記された銅版画で、ロレーヌ公カルロス三世の肖像画です。右隅にカロのサインが彫り込まれています。

これを見れば、師匠の指導もあってのことでしょうけれども、カロがすでに銅版を彫るエングレーヴィングの基本的な技術をしっかり身につけていたことがわかります。もちろんある程度の自信がなければ、何度も家出をしてローマを目指したりすることもなかったでしょう。
顔の部分やバックの部分、そして大公の襟の毛皮の部分などの表現をちゃんと使い分けていますし、肖像画に欠かせない対象の人柄のようなものもしっかり表現されています。表情が暗くならないように、顔の左側の部分を明るくしているところなども、なかなか気が利いています。
写真が登場するのは19世紀に入ってからで、それまでは肖像画は、油絵などの絵として描かれるか、このように版画として描かれるしか方法がありませんでした。ちなみに、どうして肖像画のようなものが必要かということですけれども、大公ともなれば、子孫のためにも自分の存在と姿を残したいということがまずあったでしょう。それは私たちが今、スマホで自撮りをしたり子どもや恋人の写真を撮るのと、基本的には同じ様な感覚でしょう。
面白いことに、私たちはテレビでよく見る人や、映画スターなどを、街の中でたまたま見かけたりするとなぜかワクワクしたり、若い子などは、わあ本物だあとキャーキャー言ったりします。ましてや目が合ったり握手をしてもらったりすると、特にその人のファンでなくても、なんだか得をしたような気分になります。今の人も昔の人も、同じ人間ですから、同じようなことが、写真やムービーのなかった時代にもありました。
たとえばベラスケスが描いたフェリッペ4世の肖像画はいくつもあって、マドリッドだけではなく、ウイーンをはじめヨーロッパのいたるところの美術館にあります。それらはもともとは各地の王宮などに飾られていました。どうしてそんなにたくさん描いたかといえば、その理由の一つは、その肖像画をあちらこちらの宮殿などに飾ることで、フェリッペ4世の既視感を演出したかったからだと考えられます。
スペイン帝国はその頃、ヨーロッパの多くの都市国家を支配下に置いていました。最も勢いのあった頃のスペイン王カルロス一世などは、騎馬に乗ってしばしば領土を巡回しました。ですから、あらかじめ各地に肖像画を運んで宮廷に飾らせておけば、宮廷の主だった人たちはそれをしょっちゅう目にします。そうしておけば、いざカルロス一世がやってきたときに一目で、絵にそっくりなその人が自分たちの王であることがわかります。そういう既視感がないのとあるのとでは広域を統治するにあたっては大違いです。
人は不思議なことに、何か美しいものを見たり手に入れたり、どこか素晴らしい景色の場所に行ったりすると、そのことを人に言いたくなります。またそのような話を聞かされると、自分も行ってみたくなったり、自分も持ちたくなったりします。つまり人には、イメージやものやことを他者と共有したいという気持ちがあって、それが人間らしさということをつくっている一つの大きな要素になっています、だからこそ絵も版画も生み出されました。言葉も音楽もそうです。
油絵は一点物ですけれども、版画は同じ画像をたくさん刷ることができます。ですから版画は、何かを広めたいときにはとても優れた働きをします。私たちは映画で見て憧れていたローマの街の有名な階段を実際に見て感動したりしますけれども、それはその時、私たちの心の中でイメージと現実とが重なり合って、映画と同じ場所を、多くの人たちが見てきた場所を自分も見た、その思いを共有したという感動がそこで生まれるからです。
たくさん刷れて手軽に持って運べる版画には、それと同じような感覚を広い範囲にもたらす力があります。何かを他者と共有したいという欲求を持つ人間にとって、それはとても大切な感覚なのです。つまり版画は、現代の写真やムービーと同じように、人間特有のその感覚とダイレクトにつながっている表現方法(メディア)にほかなりません。
ではその版画でさまざまなものやことを描いたジャック・カロの作品を、これから一つひとつ見ていくことにいたしましょう。
-…つづく