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■明日の大人たちのためのお話

更新日2020/09/24

 

 

モグラのモクモク


 

モクモクは土の中でくらすモグラの子どもです。土の中のどこにいるのかと言うと、モクモクのお父さんとお母さんがセッセと土をほってつくってくれたトンネルの家の中でくらしています。

モクモクの家はたくさんのトンネルでできています。トンネルはあっちへいったりこっちへいったり、ぐるーっとまがって別のトンネルやもといたばしょにつながったりしています。

トンネルの中はまっくらです。まっくらだと何も見えないとおもうでしょう? そうです。光がないとなにも見えません。地面の上だと太陽からやってくる光がいっぱいあって、空が見えたり、たくさんの木が見えたり、向こうの方から飛んでくるトンボが見えたり、ビルが見えたりお母さんの顔や友だちの顔が見えたりします。

けれども夜になって太陽が見えなくなると、まわりが暗くなって、いろんなものが見えなくなります。でも空を見ると、光っているお月さまやお星さまは見えます。そうなのです。私たちの目に見えるのは、光っているものや光に照らされているものだけです。

土の中には光が入ってきませんから、トンネルの中はまっくらです。ですから何にも見えません。土の中にあるモクモクの家の中はまっくらで、なにも見えないのです。

それなのにモクモクは、家の中をちゃんと歩き回れます。それというのもモグラのトンネルは大人のモグラの体の大きさより、ほんの少し大きいくらいなので、カベをつたっていけば前に進めます。そうやってどんどん進んで、つきあたったところまでがモクモクの家です。

モクモクは目が見えません。いちおう目はあるのですが、ほとんどなにも見えません。土の中は光がないのですから、光がなければなにも見えないのですから、目があってもしかたがありません。

お父さんのお父さんのそのまたお父さんの、モクモクのせんぞのモグラは、もしかしたら目が見えたのかもしれません。けれども、そのせんぞがなぜか土の中でくらすようになってから、モグラいちぞくはずうーっと土の中でくらしてきましたから、いつの間にか目が見えなくなりました。

目があっても土の中ではなにも見えないのですから、あってもなくても同じです。そんなわけでだんだんだんだん見えなくなって、今ではモグラいちぞくは小さな目が二つ、飾りのようについていますけれども、実はほとんどなんにも見えません。

 

ところでモグラはなにを食べて生きているのでしょう? 土の中には食べられるものなどなんにもないのではないかと思いますか。そうではありません。土の中にもミミズとか、虫のようちゅうとかがいっぱいいて、モグラはそういうものを食べています。

土の中には木の根もいっぱい生えています。土の中にあるので見えませんけれど、土の下には草や木の根っこがたくさんたくさんあります。セミのようちゅうなどは、その根っこのそばにいて、やわらかな根っこからようぶんをすって大きくなります。

夏になるとたくさん土の下から出てきて、ニイニイ、ジージとさかんに鳴くセミは、そうして木々の間を飛びまわれるようになるまで、じつは何年も土の中にいて木のようぶんを吸って大きくなります。三年とか五年とか七年とかの長い間、セミはそうして土の中で育ちます。中には十年いじょうも土の中でくらすセミもいます。

ですから土の中には、たくさん鳴いているセミよりも、もっともっと多くのセミの幼虫がすんでいます。ミミズもいます。なんにもないように見えても、土の中には落ち葉や木や虫などがくさったりして土とまじったものがたくさんあります。大きな木はたくさんの葉をまいとしたくさん落としますし、落ち葉を食べる虫もいます。たくさんの落ちた葉っぱや木の枝が、長い時間をかけて土と混ざって土になっていきます。

ですから土の中には、いろんな養分がたくさんあります。ミミズは土の中のそんなようぶんを食べていきていますから、土の中にはミミズがたくさんいます。そんなミミズやセミのようちゅうなどがモグラいちぞくのごはんです。

 

でも目は見えないし、それでなくとも真っ暗な土の中で、どうやってミミズやようちゅうを見つけるのでしょう? モクモクは、匂いとしんどうで見つけるのです。ミミズは土の中を動きまわっていますから、そのうちモグラのトンネルのところまで来た時、もっと進もうとして、うっかりトンネルの中に落っこちてしまったりします。

そのわずかなしんどうを感じとって、モクモクは急いでトンネルの中をミミズが落ちたばしょに向かいます。するとミミズのおいしそうな匂いがして、モクモクは喜んでミミズを食べます。トンネルをほっていたお父さんやお母さんが、セミのようちゅうを見つけて、それを分けてくれたりもします。

たくさんごちそうがとれた時には、なんと、トンネルの中には、まとめてごちそうをとっておくばしょもあります。もっとすごいことに、モクモクの家にはトイレもあります。トンネルの中でおしっこをしたりすると、おしっこの匂いがトンネルについて、ミミズの匂いとかがわかりにくくなりますから、そんなことがないように、そしてきれいでなめらかな毛の生えた、トンネルの中をすばやく動きまわれるモグラの体がうんちで汚れたりしないように、ちゃんとトイレがつくってあります。

みんなお父さんとお母さんがつくりました。モグラの手は、指を閉じると、まあるいスコップのようになっています。指の先にはとがった爪が生えていて、土をほりやすくなっています。お父さんやお母さんは、その手で、ちょうどひらおよぎをするときのようにりょうほうの手のひらをそとがわに向けて、その手をエイッエイッとかき分けてトンネルをほります。

モクモクはまだじょうずにトンネルをほれませんけれども、お父さんやお母さんは、あっという間に、どんどん前に進んで、進んだ後がトンネルになります。ですからそうやって家をどんどん大きくすることができます。もうあんまりミミズが落ちてこなくなったなと思ったら、新しい家をつくることだってできます。べんりです。

地面の上には鳥がいたりタヌキがいたりして、生きていくのはなかなかたいへんですけれども、土の中でくらすどうぶつはモグラくらいなので、トンネルはいくらでもつくることができます。もちろんミミズやようちゅうがたくさんいそうなばしょを選びます。

だからモクモクは、もう少し大きくなって、ちゃんとトンネルがほれるようになったら、ごはんがたくさんあるばしょに、小さくても新しい家を、自分の手でつくりたいなと思っています。それまではお父さんやお母さんがつくったトンネルを、前へ前へと進みながら、トンネルをほるれんしゅうです。モグラにとっては、前に進むどうさとトンネルをほるどうさは、ほとんど同じだからです。

そうしてれんしゅうをしながら進んでいくと、ホラ、お父さんがトンネルをほるしんどうが右のほうから、お母さんがトンネルをほるしんどうが左のほうから伝わってきます。

モクモクはうれしくなって、思わずこんな歌を歌いました。

 

 ぼくらのトンネルせかいいち

 ミミズもたくさん落ちてくる

 ぐるっと回ればもとのばしょ

 まよったりなんかはしないのさ

 

 モクモクモクモクトンネルほれば
 
 どんどん家がひろがるよ

 どこまでいっても土のなか

 モクモクモクモクトンネルほれば

 ぼくらのせかいが広がるよ

 



-…つづく

 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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