第557回:新鮮な卵と屠畜の現状について
まだ夜間は氷点下を割るとはいえ、日が長くなり、日中はすっかり春めいてきました。この高原台地の牧場でも放牧している牛に赤ちゃんが生まれ、足をポキポキ動かしながら、お母さん牛に寄り添う光景が見られるようになりました。
先週の日曜日の朝、ベティーから電話があり、子豚が生まれたから見に来ないかと言ってきました。ベティーとマイクは5キロほど離れたところに農園を構えており、私たちがいつも卵を買っているところです。時々鶏肉も分けて貰います。
丁度、卵を切らしていたところなので、卵を仕入れがてら、子豚を見に行ってきました。意外と清潔な豚小屋の一角を仕切って、妊産ブタ授乳所にしており、そこにいました、いました、両手で抱えられるくらいのチッコイ赤ちゃんブタ(全部で25匹だそうです)が、ごろりと横になった3匹のお母さんブタのオッパイにしゃぶり付いているのです。
ベティーとマイクが営むマクドナルド農園は、私たちが動物園を呼んでいるほど、雑多な動物を飼っています。犬は超大型からミニチュアサイズまで5、6頭はいるでしょうか、それにネズミ捕りのための猫(バーンキャット、納屋の猫と呼んでいます)が数匹、羊、牛、馬、バッファロー、ブタ、時々リャマ(アンデスにいる毛と首の長いヤギ)、それに何種類かの鶏がいます。
鶏はオーガニック(自然食品)を餌にしている地鶏で、アメリカで今流行のフリーレンジ鶏(工場のような大きな鶏小屋で、早く育ち、即鶏肉になる、ホルモン漬けではない飼い方)が冗談に見えるくらい、そこいらじゅう、犬や羊、牛と一緒に駈けずり回っています。
ここの卵を食べたらもうスーパーの卵なんか食べられません。とにかく味が濃いのです。私のルーツもお百姓さんですし、ウチのダンナさんも養鶏場?出身ですから、ホントウの卵の味を知っているのです。
ダンナさんのお気に入りは、炊き立てご飯にブッカケ卵です。私の方は、母親伝来の超半熟ゆで卵で、白身はどうにか半透明から白く茹で上がり、黄身はまだほとんど生のまま、それを卵の頭(どちらが頭で、お尻か判りませんが…)をスプーンで割り、どうにかスプーンを入れることができるくらいの穴を開け、塩を軽く振り、スプーンですくうように食べるやり方にこだわっています。これは、私が育った農場で、お母さんが毎日、朝ご飯に出してくれたやり方です。
ベティーとマイクの卵は殻が固いうえ、目玉焼きにする時、フライパンの中で黄身が盛り上がるように半球形を保っています。鶏の肉もしっかり締まっていて、どちらかといえば硬いくらいですが、全くグルメではない私にさえ、歴然と判るほど味があるのです。
残念ながら、ベティーとマイクの牛やブタ、バッファローの肉をまだ食べるチャンスがありません。というのは、アメリカの食品管理法で、大型動物は衛生管理がされている、認可を受けた場所で堵殺しなければならないからです。
自分で食べる分にはかまわないのですが…。ハンターたちが仕留めた鹿やエルク、熊などは認可を受けたそんな肉業者や工場に持ち込み、1、2キロの小さなパッケージに種分けしてもらい、それを冷凍保存しています。
ベティーとマイクのような小規模のファームでは、そんな手間隙、費用をかけるわけにはいきません。殺し、皮を剥ぎ、骨を外し、食肉にするところまですべて自分のところで、ガレージに据えたステンレスのテーブルの上でやります。
ですから、堵殺業者、肉屋、流通経路が全く入り込んでいません。そこが逆に食物衛生管理法上で問題なり、当然安くて美味しいであろう地元の肉を、彼らは直接売ることができず、私たちも買えず、味わえないのです。
今のところ、ベティーとマイクは大変な大家族で、孫まで入れると八十何人とか言っていましたから、肉は家族用として消費しているようです。
法の抜け穴として、生きている家畜を一頭丸ごと買うのは違法ではありませんから、牛や豚を一頭買い、それを自分で肉にする…誰かに頼んでも良いのですが、ということは可能なのです。ブタ一頭の値段が信じられないくらい安いので、何でも自分でやってみたがる傾向のあるウチのダンナさん、だいぶ心が傾いたようですが、以前、秋の終わり頃、やはり、豚と牛を潰すから見に来ないかとの誘いがマイクからあり、ダンナさん後学のタメにとか言いながら出かけていきました。
それまでは、自分で堵殺から皮剥ぎ、腑分けまでやるつもりでいたんでしょうね。でも、帰ってきてからコロリと意見を変え、「アリャ、半端じゃないぞ、オレ、菜食主義になろうかと思ったよ」とコボスほど、凄惨な現場を見てしまって、やる気をなくしたようなのです。
おかげで冷凍庫にブタの頭がこちらを見据えるように睨みをきかせている事態にならずに済み、私としては一安心というところですが…。
-…つづく
第558回:ベティーとマイクのマクドナルド・ファーム
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